くるまのなかで
真ん中のスペースに駐車してヘッドライトを消すと、星空のような街の夜景がよりクリアに飛び込んでくる。
奏太は窓を開けて、シルビアのエンジンを切った。
しんとした車の中に、高台の涼しい風と虫の声が沁み入ってくる。
その他に聞こえるのは、お互いの息づかいや動作と共に発生する音のみだ。
右手に彼の左手が触れた。
それを合図にお互いの手を握る。
「いつ見ても、ここの夜景はキレイだね」
「そうでもないよ」
「え?」
「一人でここに来ても、この景色をキレイだとは思えなかった。梨乃が一緒じゃないと、俺は感動できない」
「じゃあ、私も奏太と一緒に見てるから、キレイだって思えてるのかな」
真っ暗な車の中、背後から微かに届く外灯の光を頼りにお互いを見つめる。
前回来たときのようなドキドキはないけれど、あの日とは違う温かい感情で胸がいっぱいだ。
こういう気持ちを“愛しい”と言うのだと思う。
「好きだよ、梨乃。やっぱり俺は、梨乃のいない未来なんて考えられない。だから近いうちに、もっと綺麗な夜景を見に行こう。すごく美味しいものを食べに行こう。たくさん楽しいことをしに行こう」
彼の口から紡がれる魅力的なプラン。
実現したら、きっと幸せな思い出がたくさん増えるだろう。
想像すると愛しさがよりいっそう湧いてくる。
それと同時に頭をよぎる、由美先輩とモト先輩の顔。
愛しいのにたまらなく切なくなって、奏太の手を強く握った。
「私、由美先輩にも幸せになってほしいなぁ」