くるまのなかで
この日の夜も、奏太が私を迎えに来てくれた。
出社の時はいつもより2時間早く起きて、バスを乗り継ぎ、会社の最寄りバス停からは2キロ歩いた。
そのため、いつものパンプスではなく、スニーカーを履いている。
色気のない足元に劣等感を抱きつつ、シルビアに乗り込む。
奏太は変わらぬ笑顔で「お疲れさま」と迎え入れてくれた。
仕事終わりにお迎えなんて、付き合っているみたいで嬉しくなる。
「梨乃の車、部品が明後日届くから、遅くてもその翌日には修理が終わるよ」
「そっか、わかった。ありがとう」
ということは、私がこうして迎えに来てもらえるのは、明日と明後日、そして修理が終わった明々後日の、あと3回だ。
車が直ったら、私たちはどうなるんだろう。
今までの10年間みたいに全く会わなくなるのだろうか。
それとも私がグイグイ積極的に距離を縮めれば、また定期的に会えるようになるだろうか。
「ていうか、梨乃」
穏やかだった奏太の声色が、突然引き締まった。
「え?」
「あの車、最後にメンテ出したのいつ? エンジンオイルは真っ黒だしウォッシャー液はほとんど入ってないし、ブレーキパッドも結構キてるし、そもそもタイヤがすり減り過ぎてて超怖いんだけど」
責めるように捲し立てられ、私は助手席で恐縮した。
温厚な奏太がここまで強めに言うほど、私の愛車は危なかったらしい。