くるまのなかで

「メンテって? 中古屋で買って以来どこにも持って行ったことないけど」

いつだったか、その中古屋から“定期点検”と書かれたハガキが届いたような気もするが、他のDMと一緒に捨ててしまった。

私の返事を聞いて、奏太はシフトレバーに乗せていた手を眉間に当て、深く溜め息をついた。

そして低い声で諭す。

「梨乃。車って命を乗せて走る物だから、ちゃんとメンテナンスして。つーかタイヤがシャフトに繋がったところで、あんな状態の車に乗せられない」

真剣な表情、声、視線。

私を大切にしてくれているみたいでキュンとする。

奏太は相変わらず優しい。

だけど私だけに優しいわけではない。

きっとみんなに対してそういうふうに思っているし、みんなの安全を願って仕事をしているはず。

私が特別だからではない。

こんな簡単に勘違いしちゃダメだ。

「ごめん。私全然わかってなくて。定期点検とか、業者が儲けたいだけだと思って気にしたことなかったの。足元見られてぼったくられそうだし、怖くて」

「そういう業者があるのは否定できないよ。でも、金より何より安全第一。ぼったくられるのが怖いなら、俺のとこに持ってくればいい。つーか俺のとこに持ってこい。適当な業者に雑にやられても困る」

それって、これからも奏太を頼っていいということ?

あと三日で関係が終わるわけではないんだって、期待してもいいってこと?

それが頻繁でないとわかっていても、未来があることが素直に嬉しい。

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