くるまのなかで
「え? なに? 何て言ったの?」
何かの聞き間違いだと思いたかった。
「一度しか言わないって、言ったよね」
いつもの穏やかな口調で、“好きだよ”と言ってくれるときと同じ声のトーン。
別れたい。
この短い言葉には、次の意味が含まれている。
梨乃と過ごす時間は、俺にはもう不要だ。
抱きしめたりキスをしたり触れ合ったりも、もうしなくていい。
今後は梨乃のことを大切にすることも気にかけることもないし、必要でない限りは連絡することもない。
ステレオから落ち着いたBGMが流れていた。
奏太の言葉の意味を理解した私は、車の中でただただ涙を流した。
奏太は何も言わなかった。
私の方を見もしなかった。
私が泣いた時にはいつも、優しく抱きしめてたくさん甘い言葉を囁いてくれたのに、その時だけは本当に何もしてくれなかった。
私の嗚咽が止むと、奏太は何も言わずに私を自宅へと送ってくれた。
ひどい泣きっ面で帰宅した私に、母は一瞬驚いたけれど、何も聞かずに風呂に入るよう言ってくれた。
私は浴室でもう一度泣いた。
湯船に顔をつけて、わんわん泣いた。
最後に無様な泣き顔を見せてしまったのが、今でも心残りである。
せめて人目のある場所で言ってくれたら、もう少しましな泣き方ができたのに。