くるまのなかで


***

「梨乃ちゃん?」

奈津さんの声でハッと我に返る。

「こっ、交通規制ですよね、わかりました。遅番のメンバーには今日の朝礼で通達します」

何とか笑顔を見せ、メモに『当日交通規制のため訪問対応遅れる場合あり』と足す。

そうか、もう紫陽花祭りの季節か……。

別れてすぐの頃は、この悲しみと喪失感で死んでしまうのではないかと思った。

奏太なしの未来など想像すらしていなかったから、生きる希望や将来への期待が全然持てなかったのだ。

私にはもう未来がない。

そうとしか考えられず生きる屍状態だったが、一向に死は訪れないし、毎日必ず明日という未来がやってくる。

そして何度明日を迎えたところで、奏太との別れが取り消されることはない。

初めての失恋は、本当に苦しくて辛かった。

“時間が解決してくれる”なんて言われるが、結局2学期が始まる頃、やっと自我を取り戻した。

母や友達だけでなく、担任の野中先生にまで心配をかけてしまい、申し訳なかった。

誰かを深く愛するほど、失ったときの傷は深くなる。

私がそれ以降まともに恋愛できないのは、奏太を忘れられないからというよりは、失ったときの痛みにビビっているからだと思う。

新たに深く愛する勇気がないから、いつまでも奏太との思い出が霞まない。

霞まないのだから忘れられなくて当然だ。

私は自分で自分の傷を撫ですぎて、より濃い傷跡にしてしまっているだけなのかもしれない。





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