くるまのなかで

「もちろん、覚えてますよ。そういえば元気にしてるのかなぁ」

そういえば、奏太と再会して以来、モト先輩の話題になったことは一度もなかった。

私が思ったままを口に出すと、清香先輩はため息をついて、「やっぱり」と呟いた。

一体何がやっぱりなのだろう。

「モト先輩が、どうかしたんですか?」

「亡くなったの、知らなかったんだね」

「えっ……」

亡くなった? 嘘でしょう?

高校時代、教室の窓のところでふざけて足を滑らせ、2階から落っこちてもかすり傷だけで済んだモト先輩が、亡くなった?

そんなバカな。

「もうちょうど10年だよ。葬儀は、たしか紫陽花祭りが終わってすぐくらいだった」

だったら、亡くなったのは祭りの当日かもしれない。

一体彼に何があったのだろう。

「事故だったの。お通夜にも葬儀にもコバリノが来てなかったから、おかしいなって思って。奏太に聞いたら別れたって言うし、ビックリしちゃって」

「そう、だったんですか……」

たしかに私たちは別れた。

でも、モト先輩には私もお世話になったし、ちゃんとその時に知らせてほしかった。

そんな大事な連絡さえもしたくないくらい、私と別れたかったのだろうか。

モト先輩には、梶浦由美(かじうらゆみ)先輩という長く付き合っている彼女がいた。

由美先輩は学園でナンバーワンの美少女で、私も密かに憧れていた。

高校を卒業するとき、これから二人でお金を貯めて、いずれは結婚するのだと、幸せそうに言っていたのに。

それなのに、亡くなってしまったなんて……。

由美先輩、今頃どうしてるんだろう。


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