くるまのなかで
車に乗り込み、バッグを助手席に放り、携帯電話をコンソールボックスの上に乗せる。
エンジンをかけてオーディオが立ち上がったら、今の気分に合わせて曲を選び、音量を調節。
シートベルトを締め、リアブレーキを解除して、発車。
静かな田舎道を、歌いながら走行する。
宇津木自動車の通りに差し掛かる前、ちょうど奏太がガラの悪い車に煽られたあたり。
コンソールにのせていた携帯電話が、ブーブー震え始めた。
こんな時間に、誰?
歌うのをやめて携帯を手に取り、チラッと画面に表示された名前を確認。
『徳井奏太』
ドキッとして、機械を落としてしまった。
急いで車を路肩に停め、バイブ音を頼りに携帯を探す。
運転席のシートの足元にあるようだ。
せっかくの奏太からの電話。
逃したくない。
手が汚れるのもためらわず足元のマットを触って探り当て、通話ボタンをドラッグ。
反対の手でステレオの音量を下げ、できるだけ慌てた様子を悟られない声を出すよう意識する。
「もしもし」
『あ、出た』
受話口から意外そうな奏太の声がした。
時刻はまだ二十二時前。
いつもはまだ仕事をしている時間だから、私が出るとは思っていなかったようだ。