くるまのなかで
「出たって、人をオバケみたいに言わないで」
冗談を交えて返すと、軽く笑い声が聞こえた。
優しい彼の笑顔が頭に浮かび、胸の奥が温かくなる。
『ごめんごめん。もう仕事上がったの?』
「うん。今日はヒマだったから」
ねえ、今日は何の日か知ってる?
なんて聞いたら引かれちゃうかな。
私と別れた日のことなんかより、モト先輩のことを話すべきだろうか。
電話対応のプロであるコールセンターのSVなのに、こういう電話ではちっとも上手に話せない。
『あのさ、梨乃』
「なに?」
『付き合ってほしい場所があるんだけど』
“付き合ってほしい”という響きに、早とちりな私の脳が喜ぼうとした。
いつからこんなにおめでたい思考になったのだろう。
「これから?」
『うん、これから。無理?』
奏太と会えるなら、いつだってどこにだって付き合うに決まってる。
「大丈夫だよ。どこ行くの?」
『秘密。大したところじゃないから、期待はしないで』
場所なんてどこだっていい。
今日、この日。
何か意味があるような気がして緊張する。
浅はかだとは思いつつ、『死ぬほど後悔した』という私たちの別れに、どうしても結び付けたくなってしまう。