くるまのなかで
ハザードを焚き、停車。
私たちは無言で車を降りた。
奏太のパーカーを着ていてよかった。
山の風は強いし、少し冷たい。
奏太がトランクを開け、中から何かを取り出した。
コーラと小さな花束だ。
風に乗って花の香りが漂ってきた。
奏太はカーブミラーを通過して、数メートル先まで歩き、ガードレールに向かってしゃがんだ。
私もそれに倣う。
ここにはまだ何も供えられていないが、おそらくこここそ本当の事故現場なのだろう。
花束とコーラを置いて、二人で手を合わせた。
「モト。梨乃を連れてきた。先月再会したんだ。この町に、戻ってきたんだよ」
奏太が語りかけるように呟くと、そよそよと風が吹いた。
奏太が持ってきたコーラは、よく見るとネームボトルになっている。
ラベルの印字はもちろん「MOTOHIRO」だ。
清香先輩に亡くなったと聞いたとき、私は驚きはしたが、死に対する実感はあまりなかった。
奏太と別れて以来、奏太の周囲の人たちとはほとんど会わなかったから、他のみんなと同じように、なんとなく世界のどこかにいるような気がしていた。
だけど、こうして奏太と手を合わせると、急に真実味を帯びてくる。
「モト先輩……本当にもういないんだ」
奏太と出会った日、私をバス停まで送り届けてくれた。
学校ではいつも奏太と一緒にいて、“コバリノ”ではなく“梨乃ちゃん”と呼んでくれていた。
数学は得意だけど英語が苦手で、赤点じゃなかったときは「やったよ!」とわざわざ特進クラスまで報告しにきてくれた。
思い出が一気によみがえる。
あの明るいモト先輩は、もうこの世のどこにもいない。
涙を堪えるなんて、できるわけがなかった。