ウェディングロマンス~誓いのキスはふたりきりで~
あまりの驚きで椅子ごと後ずさった私の声とほぼ同時に、ちょっと離れた島から声が上がった。
総務部の女性が響さんに気付いて、にわかに色めき立っているのがわかる。


「ど、どうしてここに!? お仕事は?」


あまりの焦りに、声がどもってひっくり返った。


「もちろん終わらせたに決まってるだろ。お前は? 見た感じ終わってそうだけど」


響さんは顔色も変えずにシレッとそう言い放った。
そして、私の挙動に怪しげな視線を向けてくる。


「大丈夫そうだな。……ちょっと来い」


私のデスク周りと電源の落ちたパソコンをチラッと見やって、響さんは有無を言わせない態度で私の腕をグッと掴み上げた。


キャアッと小さな悲鳴のような声が耳に届いた。


……ああ、総務部さんが騒いでる。


「響さんっ、あのっ!」


コンパスの差を考慮してくれない響さんに、ほとんど引き摺られるように立ち上がった。
私の手からわずかな抵抗を感じ取ったのか、響さんは不機嫌そうに振り返る。


「なんだよ、うるさいな」

「だ、だって、みんな見てます!」


視線を気にしながら口籠ると、響さんは深い溜め息をついた。


「お前が騒ぐからだろ。いいから、大人しくついて来い」


素っ気なく言い捨てて、響さんは私の腕を掴む手に力を込めた。


「そんなっ!…… 無理です!」

「なんでっ!?」

「だって、……響さん怖いっ!」


そう必死に叫んだ時には、誰もいない廊下に連れ出されていた。
< 182 / 224 >

この作品をシェア

pagetop