理屈抜きの恋
12
鵠沼を玄関先まで送り、部屋に戻ろうとした時、一人の女性に呼び止められた。
社内にいるから社員なのだろうけど、見知らぬ顔に呼び止められる覚えはないといつものようにそっけない態度を取った。
告白をされても困るし、今は撫子のことで頭がいっぱいだし。

でも、ちらっと見たその女性の顔色は良くなく、告白をしてくるような感じが伝わってこない。
何度となくそういう経験をしている俺はその気配が感じ取れる。
それが目の前の女性には感じ取れないのだ。
気になり女性に対峙すると、『最上くんのことで話したいことがあります』と言った。

その話を聞き、頭を捻りながら部屋に戻る。

そこにはもう最上の姿はなく、ただ呆然としている撫子がいるだけだった。

「撫子」

そう名前を呼び、強く抱き締める。
そうするといつもなら身体を固くし、照れるのに、今はまるで木を抱いているかのように無反応だ。
その様子にただならぬ感じを抱き、身体を離して視線を合わせる。

「撫子?」

そこにいた撫子の目は空虚なもので、目の前にいる俺が見えていないかのようだ。

「撫子。俺が見えているか?!」

「本宮副社長…」

「そうじゃない。本宮涼という1人の男が見えているか、と聞いている。」
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