【長編】戦(イクサ)小早川秀秋篇
九州征伐
 一つ難問が片付いた秀吉は京の
内野に新たな屋敷として聚楽第を
着工した。そして大坂城に戻ると
間もなく大友義鎮が登城して来た。
 秀吉は歓迎し大坂城に来るのが
始めての義鎮に城内を案内した。
そして利休の茶でもてなした。こ
の頃の秀吉は公家のような振る舞
いをするようになっていた。
 義鎮は毛利氏との和睦がなった
ことを感謝し、島津氏の侵攻が続
いていることを訴え支援を要請し
た。
 秀吉は早速、毛利輝元、吉川元
春、小早川隆景らに九州征伐の準
備を命じた。これを知った島津義
久は輝元に今までの協力関係の継
続を訴えることで揺さぶりをかけ
てきた。
 毛利一族だけでは不安に思った
秀吉は義鎮が豊後に戻ると、四国
の長宗我部元親らや羽柴秀長、秀
次も九州征伐に向かわせることに
した。

 九州では大友義統、立花宗茂ら
が奮戦し島津軍の攻撃にかろうじ
て耐えていた。籠城していた立花
城が落城寸前との知らせに急きょ
毛利軍が駆けつけたが、その頃に
は島津軍が敗退して無事だった。
 大友氏は日本で唯一、大砲を装
備していたため多勢の島津軍も苦
戦することがあったのだ。
 島津義久は秀吉の九州征伐の動
きに対し、話の分かる羽柴秀長や
石田三成へ自分たちの正当性を主
張し敵対行為はしていないことな
どを訴え体制を立て直す時を稼い
だ。
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