【長編】戦(イクサ)小早川秀秋篇
利休の茶室
 堺に帰った利休はもうひとりの
天下人として盛大に迎えられた。
利休が信長、秀吉に仕えている
間、堺には莫大な利益がもたらさ
れていたからだ。そんな利休を堺
商人が放っておくはずがなかっ
た。
 利休が始めていた侘び茶は庶民
でも買える安い茶器を使ってい
た。しかしその茶器を利休が使っ
ている、あるいは利休が選んだと
なると高額で取引された。どこに
でもある竹で作った茶せんや茶さ
じ、花器なども利休の手の物とな
ると欲しいという者は後を絶たず
値段がはね上がった。これは信長
が所有した茶器でもあったこと
で、それに気づいた信長は利休を
次第に重用しなくなっていった。
 普通、物の値段は市場が決め
る。それに希少価値と影響力のあ
る人物の価値が加わることによっ
てさらに値段は高くなるという商
法が確立していった。

 秀吉の耳にも堺に隠居したはず
の利休が暴利を得ているという話
は入ってきていた。しかし利休自
身がやっているのではなく堺商人
が利休を利用していることを分
かっていた。それに利休のこれま
での功績を考えると十分見逃せる
範囲のことだった。
 秀吉が不信を抱いたのは茶室
だった。
 これまでの茶室は四畳半という
広さが最も狭い空間だったが、利
休は庶民の間で広まっていた三畳
や二畳といったさらに狭い空間に
した。そして土塀で囲んで外に声
が漏れるのを防ぎ、後で窓を開け
ることで射し込む光が独特の雰囲
気を作り出した。この茶室に入る
と異空間の中に閉じ込められた状
態になり密談をしていても外部に
漏れることがなく、ある種の幻覚
のような状態で人の心を操ること
さえできるのではないかと思われ
た。それを示すかのように利休に
心酔した古田織部、細川忠興らの
諸大名が弟子になっていた。
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