【長編】戦(イクサ)小早川秀秋篇
 戦場が静まり返ると城内から、
まるで無人島で助けを待っていた
かのような、やつれた清正がフラ
フラと出て来た。
 城の外では、騎乗したままの秀
秋が空を見上げ、鷹の回っている
様子をポカンと見ていた。面頬を
外した顔はあどけなさの残る少年
のようだった。
(この若武者があの総大将)
 清正は秀秋のことをよく知って
いたが、戦う姿を見たのはこれが
初めてで、日ごろの様子とはまる
で違う人物のように見えたのだ。
 清正は武者絵に描かれた源義経
が出てきたような小柄な背格好の
秀秋に幻惑されているようだっ
た。
 秀秋をよく見ると使い古された
鎧を身にまとい、老練な野武士の
風格さえ漂わせていることにさら
に驚かされた。
 清正に気づいた秀秋は、睨みつ
けたかと思うとすぐに屈託のない
笑顔を見せた。向き合った二人は
夕日に照らされ影となった。
 秀秋は籠城していた者たちの労
をねぎらうとすぐに釜山浦城に
戻った。この功労のためか秀秋に
は日本から帰るようにとの命令が
こなくなった。そこで朝鮮にしば
らく留まることにし、春を過ぎた
頃、日本に帰ることになった。

 朝鮮で地獄のような惨状が続く
さなかに日本では秀吉が極楽浄土
を満喫していた。
 慶長三年(一五九八年)の三月
に京、醍醐寺三宝院で催された花
見は秀吉、秀頼、北政所、淀らと
諸大名やその配下の者など千三百
人が集まって盛大に行われた。
 朝鮮で何が起きているか知らさ
れていない民衆は秀吉のもとで太
平の世が永く続くことを願ってい
た。
 秀吉は六歳になった秀頼に跡を
継がせることしか考えていなかっ
た。そのため侍女のきつ、かめ、
やす、つしが秀頼に逆らったと
いって殺害させるなど華やかな表
舞台の裏で恐怖政治がおこなわれ
ていた。
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