課長と私
「健闘を祈る…」

「ちゃんと考えておこうっと…」


シャツのボタンを一つずつ留めていく。
少しだけシワがついている。


「亮くんの家族のことって、聞いてもいいですか…?」

「うちは…女性が強い家系…だよ…」


何となく歯切れが悪い。


「じゃあ…亮くんの言う、女性陣が厳しいっていうのは…」

「んー…まぁ厳しいのは男にっていうか…」


心なしか顔がげんなりしていくように見える。
彼の中では触れてはいけない話題らしい。


「でも、ちょっと不安かも…」

「楓ちゃんは大丈夫だよ。」

「どこからそんな根拠が…」

「だって俺が選んでる相手だし。」


緊張していた体が少しだけほぐれた。
こんなに心強いものなのだろうか。
嬉しくてほんのり胸が温かくなる。


「支度、出来た?」

「あ、はい出来ました!」

「じゃあ出ようか。」


いつの間にか彼も支度が終わっていたようだ。
大きな手を差し出され、そっとその手を握った。

ふんわりと香水の香りがする。

部屋を出てすれ違った掃除係の人が「あらあら…」と微笑ましそうに私たちを見る。
握られた手を見てなのか、それとも隠しきれていないキスマークを見てなのか。
少しだけ恥ずかしくて、嬉しいそんな気分だった。

豪華なエントランスを後にして見慣れた先輩の車に乗り帰路につく。


「あっ……アイツ…」

「え?」

「いや…何でもない…」


携帯の画面を一瞬見て表情を曇らせる彼に声をかけると、そんな返事が返ってきた。
誰かからメッセージが届いたらしい。


“昨日はお楽しみいただけたようで”


後からもう一度聴いたら、フロントにいたお友達からメッセージが来て「うるさい」と返事をしたと言っていた。

何でだろう。

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