まどわせないで
 ため息と共に複雑な思いを吐き出した小麦は、出来た肉じゃがをお皿に取り、テーブルに作ったものを並べて夕食の準備を進める。
 今日は肉じゃがに、ほうれん草のお浸し。油揚げと大根の味噌汁に、ご飯だ。
 準備が整うと、小麦は座って、

「いただきます」

 手を合わせて食べ始めた。
 味の染みた肉じゃがを口に入れて、上出来の味に笑みを浮かべたとき、ピンポーン! インターホンが鳴った。身動きを止めて、インターホンを見つめる。
 宅急便? でも、なにか届く予定はない。友達? でも、事前に連絡もなく、いきなり来るような失礼な友達はいない。
 誰……?

 ピンポーン!

 なんだか、不吉な予感。
 あの日も、ちょうどこんな夜だった。
 でも、まさか。ねぇ?

 不安感を抱きつつ、こわごわインターホンに近づく。

「……はい」

「俺だ」

 そのまさかだった。
 この蜂蜜のような甘さを感じさせる声、聞き間違えるわけない。如月さんだ。
 声を聞いた瞬間、心臓が飛び上がり、たちまち体が警戒モードに入る。
 声だけで、こんな状態なのだ。玄関先に出るわけにはいかない。
 暫く音沙汰なかったのに、なんで今さら? わたしになにか用なのだろうか?
 唾を呑み込み、落ち着いて答える。

「なんでしょうか」

「開けろ」

 このひとはどうしてこんな言い方しか出来ないんだろう?
< 20 / 80 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop