まどわせないで
 可愛い――?

 いや、待て。これは小動物を愛でるのと同じような感情で、特に深い意味はない。
 いまは、己の感情などどうでもいい。
 小麦が、キスすらも経験が浅いのは、彼女自身が男を近づけなかったのか。
 バージンだと認めないところを見ると、初体験でなにかあったのか?
 お前になにがあるんだ?
 純粋な興味が、陸の心を掴んだ。
 女に興味を持つことなど考えられなかったが。目の前にいる、胸はないが長身のモデル体型、一般的に見て色白美人と呼べる女性に、惹かれるものがあることは確かだ。

「キスの間、鼻で呼吸しないから苦しいんだ」

「鼻呼吸してもいいの?」

「してなかったら、お前みたいに、皆苦しむだろ」

「ドラマとか長いキスしているひとたちを見て、凄いなって思ってたけど、あれは息を止める練習の成果じゃないのね」

「息を、止める練習?」

「長いキスの為に、てっきり――……如月さん、笑ってません?」

「いや、もう、傑作。息を止める練習って……お前、ヤバイ」

 なんて真っ直ぐなやつ。
 小麦の発言が面白くて可愛くて、つい笑ってしまった。
 しかも、本人は気づいてないが、言葉のなかで自分が経験浅いことを認めている。
 優しく抱きしめて、守ってやりたくなった。この気持ちはなんだ? 愛おしいという感情を知らない陸は、馴れない感情に戸惑った。

「肩の力抜いてみろ」

 陸の両手が肩に置かれる。深呼吸をして、これでいいのかと、確認のために彼を見上げた小麦の唇が、再びキスで塞がれた。
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