まどわせないで
 あ、いた。
 ビュッフェ台を隔てた向こうで、会話を交わしていた歳上の男性と別れるところのようだ。軽く挨拶を交わしあって、こちらを向いた陸と、離れたところから目が合い、真っ直ぐ注がれる視線に小麦の胸が跳ねた。男性と会話をしていたときに陸の顔に浮かんでいた作られた笑顔が、緊張が解けホッとしたように緩むのを目の当たりにして、なぜか小麦は息をするのも忘れた。
 周りにはたくさんのひとが溢れているのに、まるでここにはふたりしかいないような気分に陥る。
 陸の視線は躊躇うことなく真っ直ぐこちらを見ていた。まるで小麦がいる場所を知っていたみたいに。
 その瞳は、わたしのなかになにかを探しているようにも見える。
 問いかけているようにも。

 色気がないなんていったのは、ただのいいわけだ。本当は……小麦の唇にキスがしたかっただけなんだ。
 俺はお前が……。

 こんなこというわけないか。
 如月さんにとってわたしは小麦じゃなくて大麦なんだから、ないない。
 自分の願望に即ダメ出し。
 だいたいそんなこといわれてわたしが本当に嬉しいわけ……ない。

 大麦、疲れた。俺を癒せ。
 どう癒せだと? それくらい自分で考えろ。

 どっちかっていったら、絶対こっちのほうだ。
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