吸血鬼の翼
高鳴る気持ちを胸に秘めて―。
美月はドアノブに手を掛けた。
ガチャッ
音を発てて部屋のドアを開けたその向こう側にはイルトがちょこんとベッドの上で三角座りをしていた。
…やはり朝、涙を流し過ぎたのか彼は泣き腫らした表情を浮かべている。
イルトの姿を見るなり、ラゼキの肩は少し震えている。
美月は一瞬、心配しそうになって手を肩まで伸ばすが、ラゼキの表情を見て違うと悟った。
どうやら、それは不安からのモノではない様だ。
「おぉ!イルッ!」
「…ラゼキ!?」
ラゼキに名前…否、愛称だろうか。
名を呼ばれたイルトは弾かれる様に美月達の居るドアへ視線を投げた。
2人はお互いに目が合い、歓喜と驚きの声が交差した。
そしてラゼキはイルトに向かって足を進める。
美月はただその光景を黙って見ていた。
ラゼキはイルトの頭をクシャクシャッと撫でながら満面の笑みで彼にしゃべりかけた。
「久しぶりやなぁ~」
「…ラゼキ、どうやって“ここ”に来たんだ?」
喜びの前にどうしても聞きたかったのだろうか、彼はラゼキにそう問う。
ラゼキは視線を下に向け、少しの沈黙を置きながらやがてイルトの方を再び見た。
「…そんなん、俺の魔法があったらチョチョイのチョイやで!」
やはりテンションの高い人は苦手だ
それよりラゼキは魔法が使えるらしい…
なんだか本当に別の世界の話だ。
魔法だなんて―。
一方、イルトに元気はなく、疲れている様だった。
原因は…、あの夢だろう─────。
そんな事を考えていた美月の方へラゼキは振り向いた。
「なぁ、嬢ちゃん。"どこまで"イルの事、知っとるん?」
美月に問い掛けた橙色の瞳は、何処か切なく悲しいものだった。