吸血鬼の翼
「…佐々木君?」

上手く現状を理解出来ずにいた美月は佐々木の様子に対して不思議に感じた。

一方の佐々木は美月の呼び掛けに反応を見せずにただ立ち尽くしている。

可笑しい、何か妙だ。

全く“動こうとしない”彼を変だと気付くのに数分を要した。

「…ほう、こんな所にまだ小娘が居たのか。」

ふと自分達の真横から低い声が掛かり、心臓が大きく跳ね上がった。

気付かなかった。

いつの間にか、そこへ存在した何者かに美月は驚きを隠せない。

「………誰?」

しかし、催眠に掛かった体では思う様に動けない美月はただ言葉を返す事しか出来なかった。

「人間如(ごと)きに名乗る必要はない。」

ピシャリと言い放った冷たい声は美月の心を不安でいっぱいにさせた。
それに比例して、心臓の鼓動は高鳴るばかりだ。

やっとの思いで相手の顔だけ、見ようと頭を上げた所に金の瞳とぶつかった。

良く見れば、両耳の先端は尖っており、長い黒髪を束ねている青年らしかった。

服装は黒と赤で組み合わせられ、何処か中国の文化を思わせたが少し違うとも感じる。

仮装か何かだと、一瞬呆けた美月だったがそれとは違うと直ぐに分かった。

何処を見ても、“本物”らしかった。
金の瞳が鈍く光っている。
さながら、獲物を捉える時の獣の様だった。

間違いない、キュルアスから来た人。
それにこの青年は危険だ。

青年は脅えている美月の胴体を掴み、あっという間に佐々木から引き剥がした。

「嫌っ放して…佐々木く…」

美月は出来るだけの大声で佐々木に助けを求める。
だが、彼は全く動かずに相変わらず、一方を向いて立っているだけだ。

「無駄だ、小僧の体は糸で縛ってあるからな。」

「……あんた誰なの?何でこんな事するのよ…」

「煩い小娘だな、良いだろう…教えてやる。」

耳元で騒ぐ美月を疎ましく思うも、掴んだ手を放さずに青年は口を開いた。



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