自分勝手なさよなら
「ただいま~」
秀雄が帰ってきた。

出勤した日に帰ってくることは珍しい。
徹夜にならないのは何週間ぶりだろう。

「おかえり。帰ってこれたんだ。やだ、夕食大したものできないけど…」
連絡してくれればいいのに。の一言は飲み込んだ。

「いや、腹へりすぎてラーメン食べてきたから」
それも、連絡してくれればいいのに。

出会った頃の秀雄は、それはそれはマメな男だった。
毎日のように会いたい好きだというメールを送ってきたし、実際少しでも時間があれば私のアパートにやってきた。
どんな外食より私の手料理を好み、洗い物は彼の担当だった。

もちろん、結婚して数年もすれば、そんな関係が続くわけもない。

ジャージに着替えた秀雄は、冷蔵庫から発泡酒を取りだし、目線をテレビに向けたまま、片手でプルタブを空けた。
ときめきは安心に変わり、安心は慢心に変わる。
それは秀雄に限ったことではなく、私も同じだ。

いつからだろう?
「好き」という言葉を使わなくなったのは。
いつからだろう?
いってらしっしゃいのキスをしなくなったのは。
どちらからなんだろう。

そしてそれを寂しいと思わなくなったのは、
いつからなんだろう。

「そういえば誕生日なんだけど、寛子が飲み会やってくれるって。」

「ふーん。良かったな。当日?」
優しい口調だが目線はテレビのままだ。

「ううん、前日。当日は秀雄徹夜だっけ?」
「いや、土曜だろ?徹夜明けで休みだな。焼き肉でも行くか?」
そう言って、やっと私に目線を向ける。

「うん、いいね。」
私も微笑みを返す。

私は幸せなんだと思う。
私は幸せなんだと、自分に言い聞かせた。



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