素顔で最高の恋をしよう
「……市川さん?」

 私が発した言葉に、その人物が瞬時に反応して振り返った。

「あぁ、香坂じゃないか。久しぶりだね」

 背が高いのに少し猫背で、天然がかったふんわりとした黒髪は、あの頃と変わっていない。
 市川さんは私が前に務めていた会社の先輩で、男性社員の中ではわりと気さくに話せていた人だ。

「こんなところでバッタリ会うなんてね」

「私、今この近くの会社で働いてるんですよ。あのビルです」

 私がビルを指し示すと、市川さんがへぇ~と納得の表情を浮かべた。

「そうなんだ。うちの会社辞めて転職した会社だよな? 元気でやってる?」

「はい。おかげさまで」

 久しぶりに会ったのでなんだか気まずくて、苦笑いの笑みではにかめば、市川さんもにこりとほほえみ返してくれた。

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