横顔の君
(あ…!)


記憶を頼りに歩いていくと、あっさりとその場所はみつかった。
私が住んでたアパートからはもう少し遠かったような気がしたのだけれど、意外とその道のりは近かった。



あの時のまんま…何一つ変わった印象がなかった。
ガラスの引き戸を開けるのは、当時も今も少し緊張する。
中に入った途端、かび臭いような…でもどこか懐かしいにおいがした。
そう…当時もこんな感じだった。
向かい合った本棚には本がぎっしりと並んでて、片隅にはおそらくまだ並べられていない本が入ってるであろう段ボール箱がいくつか置いてあって…
外観だけじゃなく、店の中身も当時とほとんど変わらないような気がする。
ただ、少し変わったのは…私が見る本棚だ。
あの頃は漫画か児童書だったけど、今は小説…
ゆっくりと店内を歩き、小説の本棚を探す。
私の他には、お客はまばらだ。
白髪の多い中年の男性と、まだ大学生くらいに見える若い男性…
店内にいるのは私を含めてその三人のみ…



(……あ……)



違う…もうひとりいた。
レジの横にまるで本にうずまるように座って、真剣に本を読む人が……



その男性の美しく知的な横顔に、私の鼓動は急に速さを増した。



いたたまれなくなって、私は顔を逸らし、その場を離れた。
弾む心臓がおさまるまで、本を探すふりをしながらあたりを歩き回った。



(さっきはどうしたんだろう?)



自分でもよくわからない感覚だった。



そうっと足音を忍ばせて、身を潜めた本棚の影からレジをのぞき見る。



(何、やってんだろ、私…)



またさっきのように私の鼓動は速くなる。



素敵…
滑るように文字を追う視線は鋭くも優しく、濃いまつ毛に覆われている。
彼は、今、どんな物語を旅しているのだろう?
そう、彼の視線は現実を見ていない。
彼は、今、物語の世界に入り込んでいるのだ。



私も同じ世界を旅したいと思った。

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