横顔の君
「実は、家政婦さんが和装の好きな人で…
僕は小さい頃、よく着物を着てたらしいんですよ。
あんまり覚えてないんですけど、それなのに、何年か前から着物を着たくなりましてね。
おやじも和装がけっこう多かったからそのせいもあるのかもしれません。
僕が着てるのは、実はおやじの形見なんですよ。」

「そうなんですか。
お着物はご自分で着られてるんですか?」

「はい、特に習ったわけではないんですが、いつの間にか着られるようになりました。」

「すごいですね。」

「間違ってるかもしれませんけどね…」

そう言って笑うと、照之さんはまたお弁当を食べ始めた。
だから、私も真似をして、のこりのおかずを口に運んだ。
うん、けっこううまく出来てる…
食材が良いせいかな?



「あの…吉村さん…」

「はい?」

「このあと、ちょっとお願いしたいことがあるんですが、お時間はありますか?」

「え?時間なら全然大丈夫ですが…何ですか?
私に出来ることですか?」

「ええ、もちろん。」

だけど、照之さんはそれがどんなことなのか、なかなか教えてはくれなかった。



「ごちそうさまでした。
本当においしかったです。」

「あ、ありがとうございます。
お粗末なものですみません。」

お弁当を食べ終えて、それからまたあたりを少しだけぶらぶらして…



「じゃあ、そろそろ行きましょうか。」

「え?は、はい。」

まだ何のことだかわからないままそう言われ…
着いて行くと、そこはバス停。
バスはすぐに来て、私達はそれに乗り込み、やがて駅に着いた。



きっと、照之さんはここでちょっと買い物があるとかなんとか言って私から離れるはず。
なにか私にお願いがあるって言ってたのはどうなったんだろう?
もう忘れてしまった?
それとも、気が変わった?
訊いた方が良いのか、私も気付かないふりをした方が良いのか、迷う…



それに、今日は別れるのがなんだか早い。
もう少し一緒にいたい…
どうしよう?
せめて、そこらでお茶でも飲もうって誘おうかな?



そう考えてる時のことだった…
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