横顔の君



だけど、そんな想いは錯覚でもなんでもなかった。


何日経っても、私の状況は全然変わらない。
あの人のことが、あれからずっと頭から離れなかったのだ。



私もさすがに認めざるを得なかった。
そう、これは紛れもなく恋…
私は、彼に一目惚れして、古い言葉でいうところの恋煩いに陥っている。
それはもう否定したくても、否定のしようがないところ。



認めてしまえば楽になれるのかと思いきや、そこは少しも変わらなかった。
寧ろ、苦しい…



彼に会いたい、彼のことをもっと知りたい、彼と仲良くなりたい…



……でも、彼は結婚してるかもしれない。



そんな考えが頭の中をぐるぐるぐるぐる駆け巡る。



仕事の帰りに古本屋の傍に行っては、扉の前で勇気がなくて慌てて家に戻ったことが何度あっただろう。



恥ずかしい…
こんなこと、今日日の女子中学生でもやらないだろう。



ただ、本を探しに古本屋さんに行くだけ。
彼は私の気持ちなんかに気付く道理がない。
選んだ本を彼に渡してお金を払うだけ。
彼は、私を特別な目で見ることなんてない。
私は、ただのお客なんだもの。

頭の中で何度もシミュレートして、大丈夫だ、大丈夫だって呪文みたいに自分に言い聞かせて…



それなのに、私は今日も引き戸に手を掛けられなかった。
それどころか、自転車で、店の傍に行っただけで、足がすくんでそこから先に進めなかったのだ。


情けない気持ちでUターンする帰り道、中学生と思われるカップルが、仲良く手を繋いで歩いてた。



あの子達の倍くらい生きてるくせに、告白どころか、ただ、本を買いに行くだけのことが出来ないなんて…



(恥ずかしい…!)



そんなプライドが、私に勇気をくれた。
明日こそは、古本屋さんに行くと決意することが出来た。
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