十一ミス研推理録 ~自殺屋~
13.真実
 もりりんが指し示したベッドには、眠りについている少女の姿があった。口にはマスク、腕には点滴、そして少女の無事を刻む、電子音が響いている。
 そのベッドに患者の名前が記された札が貼りつけてあった。毛利遥(はるか)。
 静かに眠っている遥の顔を見つめたもりりんは、優しくその手に触れてから目を閉じた。
「妹なんだ。二年前に臓器移植が必要だって診断されて。今日、手術したんだ。脳死した人が偶然出て、ようやくできた。この日をこの国で迎えられるなんて幸せだよ。提供してくれた人に感謝しないとね」
 一緒に入ってきた谷分も、眠っている遥の手を取って強く握りしめた。病気の者に対しての同情だけではない。もっと濃密な違う感情が見えた気がした。
 二人の間に入った日野も、涙を溜めながら遥を見つめる。その日野の肩にもりりんが手を置いた。三人の動きが、全てを語っていた。絆から生まれた悲しい動機を。
 誰も立ち入ることのできない空間。それを感じつつも、十一朗は話を振った。
「俺ははじめ、公開自殺を行った自殺屋は、人の死を見たがるだけの凶悪犯だと思っていた。けど、調べていくうちに、今度は憎んだ者を殺す動機があるのではと疑ったんだ。そして、途中でそれも違うと思った。自殺志願者サイト『エンドウとキンセンカ』に自殺屋三人が出入りしていた。自殺を覚悟した者が百八十度、考えを変えて人を殺す。本当の動機は違うところにできたのではないかって」
 十一朗は空を見た。紅と青、二色のグラデ―ションで染まった夕焼け空だ。既に陽気は春に近づいている。
「公開自殺を起こした動機は、毛利遥さんのためですね?」
 谷分と日野は黙ったまま、視線を床に落とした。もりりんの前で本当のことは言いにくいのだろう。二人とも唇を噛んだまま、答えを出さなかった。
 十一朗は病室を出た。全員がついてくる。遥の麻酔が切れ、目を覚ましたらいけない。
 他の皆が病室から出てきたのを確認してから、十一朗は谷分、日野、もりりんを見た。
「話してくれますね? ここに至った全てを」
 谷分が「はい」と小さく言ってから、口を開いた。
「俺たちが出会ったのは半年ほど前でした。はじめは自殺志願者サイトで会話を交わすだけだったんです。けれど、もう我慢するのが嫌になった。一緒に自殺しよう。そういう話になって、場所と時間を決めて落ち合ったんです」
 半年前。谷分が父親の暴力を受け、日野が執拗ないじめに遭い、もりりんが妹の重病に悲観していた頃だ。お互いの理由は違えど、三人は出会った。自殺をしたいという共通の想いを持って。
「三人、隣同士で同時に首を吊ろうという話になりました。けど、そこで毛利さんが俺たちに話を振ってきたんです。遺書をメールしてもいいか? 俺の遺体をすぐに見つけてもらわなきゃいけないんだって」
 もりりんが自殺しようとした理由は、妹に自分の臓器を提供したいというものだった。
 臓器移植は待ち人数が多く、提供者を待っている間に死に至るという現状がある。血縁関係の自分が脳死状態で見つかれば、臓器は妹に提供される。そう考えたに違いない。
「俺は理由を訊きました。毛利さんに臓器移植が必要な妹がいること。小さい頃、両親に先立たれたので、たったひとりの家族だということ。画家の才能をかわれていたのに突然、病で倒れたこと。話を聞くうちに、自分が自殺しようとしているのが馬鹿馬鹿しく感じてきたんです。必死に命を繋ぎとめようと頑張っている子がいるのに、何でこんなことで死ななきゃいけないんだって。妹のために死ぬことはない。毛利さんにそう言い、日野にはいじめる奴には仕返しすればいいと言ってとめました。そして、一度命を捨てる覚悟ができた俺たちなら、遥のためにきっと何かできるはずだ。戦えるはずだって説得したんです」
 谷分は言葉を切ると、感慨深げに息を吐いた。脳内に埋めこまれた記憶を掘り出しているのだろう。
「その後、毛利さんは遥と対面させてくれました。すると遥は親父に殴りつけられた俺の怪我を見て、その怪我大丈夫? って心配してくれたんです。自分のほうが重い病気にかかっているのに……どんなことをしても彼女を助けたい。そう思いました」
 そこで、谷分の中にひとつの案が浮かんだのだろう。公開自殺。
 移植手術は新鮮な臓器が提供されなければ意味がない。それと同時に生体間移植。
 つまり、脳死状態の者からしか受け取れない臓器が決まっている。
 遥にはその臓器、心臓が必要だった。公開自殺なら、すぐに警察の手が伸びる。それで首吊り自殺が未遂で終われば、脳死状態になる可能性が比較的高くなる。
 そうなれば、遥に臓器が提供されるかもしれない。谷分はそう考えたのだろう。
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