エスパーなあなたと不器用なわたし
交際宣言
十二月十一日、月曜日。

「おはよう、智ちゃん」
「お、おはよう」

 いくら付き合い出したからって、会社で名前はまずいでしょ!
 でも、悪い気はしない。
 何か、彼のものになったって感じがする。
 みんなに冷やかされるのは恥ずかしいけど、ちょっとは知ってもらいたい気持ちもある。
 わたし、柴田くんの彼女になりましたって。

「おはよう」

 部長だ。
 そうだ。
 ここには部長がいたんだ。
 昨日は楽しすぎて、部長の存在なんて、すっかり忘れてた。

「おはようございます。先日は、送って頂きありがとうございました」
「いや。いいんだ。それよりどうだ、お昼一緒に食べに行かないか?」
「えっ?」
「部長、すみませんが、彼女を誘うのは止めてください」
「何故だ?」
「俺達、付き合う事にしました。だから、俺の彼女を誘わないで下さい」
「そうなのか?」

 部長がわたしを見た。
 わたしは、はっきりわかるように頷いた。

「そうか。わかった」

 そう言うと、部長は部屋を出て行った。

 これでいい。
 これで、部長の気持ちに答えられないという事もわかったはず。
 わたしが男の人を振るなんて、そして柴田くんと恋人同士になれたなんて、盆と正月が一緒に来たような感じ。
 のんびり屋のわたしが、この展開についていけるのかしら?

「部長、お前に気があるんじゃねーの?」
「そ、そんな事ないって」
「だけど、ここで部長から雷落とされてないのって、お前くらいだろ? きっとひいきしてるんだ」
「ないない」
「お前、本当に金曜日は部長と何もなかったよな?」
「何も無いって」

 ごめん。
 何も無かったのは事実だけど、彼の家に泊まった事は口が避けても言えない。

 午前九時。
 始業のベルと同時に、電話が一斉に鳴り始めた。
 
 お昼は、柴田くんと社員食堂で一緒に食事をした。
 後輩の誘いを断って、彼と二人きりの食事。
 その後輩も、近くの席で食事をしていた。
 ちらりと向けられる視線。
 あえて気づかないふりをして、わたしは彼との食事を楽しんだ。

 午後からも、いつものように電話応対に追われた。
 お客様から注文を受ける際、リニューアル前のリップと一番近い色はどれかと相談される事がある。
 そんな時の為に、わたしは上の階にあるお客様相談室に行って、新商品の勉強をしたりする。
 コールセンターの中には、わからない事があったら「お客様相談室の者から折り返しお電話差し上げます」と言って電話を切る人もいるけど、わたしは出来る限り自分で受けた電話は、最後まで自分で解決したいと思っている。
 こういったところも、真面目と言われる所以かもしれないけど、折角お電話を頂いたお客様を大切にしたいと思う気持ちはあった方がいいと思う。
 それで、解決出来た時に頂ける「ありがとう」という言葉が何より嬉しい。

「部長、お客様相談室に行って来てもいいでしょうか?」
 
 十分以上席を外す時は、部長の許しを請うようにしている。
 黙って消える人もいるけど、忙しい中長時間席を外すのは、やはり周りに迷惑を掛ける。

「また勉強か?」
「はい。新商品のベースクリームの事で、わからない事がありますので」
「わかった。今は電話も少ないようだから、しっかり勉強して来い」
「十分ほどで戻ります」
「わかった」

 わたしは、上の階につながる階段を駆け上がった。
 自社ビルの、五階部分がわたしのいるコールセンター。
 お客様相談室は、六階の一番奥にあった。

 トントン

 中に入ると、二~三人のスタッフが電話応対をしていた。
 その中で、いつも商品の事を教えてもらっている女性、安藤玲香さんを探す。
 彼女は、窓際のデスクの掃除をしていた。

「安藤さん」
「あら、塚本さん。何? また何かわからない事でも?」
「はい。お手隙でしたら、教えてもらいたい事があるんですが」
「いいわよ。こちらにどうぞ」

 彼女に通され、奥にある打ち合わせブースに入った。

「何かしら?」
「今月発売されたベースクリームの事なんですが」

 彼女は、現物をテーブルの上に並べた。

「これね」

 彼女も勉強家だ。
 商品知識が豊富で、新製品の事もいち早く把握している。
 彼女に聞けば何でもわかる。
 わたしも安藤さんみたいな社員になりたい。
 美人で、スタイル抜群で色気のある非の打ち所の無い彼女には容姿では到底かなわないけれど、せめて商品知識だけでも彼女に追い付きたかった。

「戻りました」

 部長はちらっとわたしに目を向けて軽く頷いたけど、そのまま机の上にある分厚い書類に目を戻した。
 真剣に仕事をする姿はカッコいい。
 だけど、わたしが好きなのは柴田くん。

 部長から視線を戻したわたしは、前の席に座っていた彼に目を向けた。
 電話応対中だった彼は、わたしの視線に気づくと、隙を見てウインクした。
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