航空路
「悪い冗談はやめろ! 出てこいよ! 化け物だろうが、ハイジャック犯だろうが、怖くないぞ! かかってきやがれ!」
 秀喜が声を荒げて叫ぶが、言葉とは裏腹に震えている。
 僕は秀喜の声を横で聞きながら、先程の影がなんであったかと考えていた。
 あれが乗客一人一人を飲みこむ、化け物の正体ではないのか?
 ここは『魔の海域』の上空から離れているが、過去、行方不明になった飛行機や船が、あの影に襲われていたとしたなら、僕たちの運命は終わりではないのか?
 静まり返った機内に秀喜の声が響き渡って数刻――返ってくる声も、出てくる人もない。
 二階にいるクラスメイトたちの様子も気になりはじめた。恐怖の感情も大きいが、前に進むしかなさそうだ。意を決して一歩前に進む。
 その瞬間。
「いやあああああっ!」
 後ろにいる笹田が、突然大きな声を出して、僕の手を握ったまましゃがみこんだ。振り返ると、僕の目の前に一つの物体が吊り下がっていた。
 あまりにも至近距離にあったので、それが何か確認するのに、しばらく時間を要した。
「おい、よく見ろよ。酸素マスクが落ちてきただけだって……」
 呆れた口調で秀喜が、しゃがんだまま震える笹田に声をかける。
 おそらく、酸素マスクは笹田の背中に落下し、激突したのだろう。僕も驚きで息を呑んだのだから、彼女も同じ誤解をしたのかもしれない。
 つまり、人の『残骸』ではないかと……。
「けど、酸素マスクが勝手に出てくるなんてありえないよ。通常、酸素マスクは機体内の気圧の変化に反応して出てくるはずだから……」
 ずれ落ちた自分の眼鏡を人差し指で押し上げながら、工藤が言う。
「落ちてきたってことは、やっぱりこの機体に何かが――」
「違うの……違うのよ……」
 すると、笹田がうわ言のように言葉を繰り返しはじめた。
「外に影が見えたの……大きな影が……何なのかはじめはわからなかった……けど、二度目でわかったの……あれは……」
 笹田の話を聞いて僕は気づいた。影を見たのは僕だけではない。彼女も見ていたのだ。僕に進めと指示したのは、影の正体をつきとめるためだったのだろう。
 笹田が何を言うのかと、秀喜と工藤は真剣に聞き入っている。当然、僕もだ。
 そして、笹田は声を震わせたまま、
「人の顔があった……」
 信じ難い事実を口にした。
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