航空路
「よく聞いてくれ。この機内には乗客を一人ずつ消す化け物がいる。だから、互いの手を繋いだまま行動するんだ。まずは席に戻ろう。馬鹿にされるかもしれないけど、皆に報告したほうがいい」
 工藤の意見に誰も反論しない。無言のまま、三人同時で首を縦に振った。
 誰が先頭で進むか? という雰囲気がただよい、仕方なく班長の僕が、先頭を行くことに決まった。続いて笹田、秀喜、工藤の順だ。
 工藤は「最後じゃ怖い。真ん中にしてくれ」と、お化け屋敷に入る子供のような懇願をしたが、秀喜の「俺も怖いんだよ」という気迫ある言葉に押されて従った。
 恐る恐る一歩、二歩と、すり足状態で客席に向かいはじめたその時だ。
 僕は前方に黒い大きな影が、通り過ぎていったのを見た。機内に鳥が飛んでいるはずがない。いや、その影は鳥とは言えないほど巨大な物だった。全身が引き裂かれるような、ぞくりとする悪寒を感じる。
 恐怖のあまり、その場で僕は動けなくなってしまった。後ろを振り向くと、三人の視線が僕に向けられている。後ろの三人は見えなかったのだろう。隣にいる笹田は先に進んでとせがむように、握った手で押している。
 あの影が一体何なのかわからないまま、僕は仕方なく、前に進みはじめた。
 しかし、通路から客室に移動した時点で、僕等が目を疑う光景が眼前にあった。
「……あ」
 僕は吐息のような声を上げることしか出来なかった。
 機内だというのに、どこからともなく風が吹いている。凍りついてしまいそうな冷たい風だ。
 そして、機内全体を包む静寂――
 先程通り過ぎた時にあった話し声や、物音、僅かに漏れるテレビの音がないのだ。更に今まで見えた乗客の姿さえも――
 僕の様子を感じ取ってか、笹田と秀喜、工藤が身を乗り出して客室を見る。彼等の反応も僕と同じだった。その場で金縛りにあったかのように硬直する。
「おい! どういうことだよ……誰ひとりいないなんて」
 秀喜が震えた声で言う。
 そう、僕たちがトイレを確認した僅かな時間に、客席全部の人が忽然と姿を消してしまったのである。物音も立てずに、一瞬のうちに消えてしまったのだ。
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