航空路
「あのさ……いつも通り、名前で言ってよ……」
 僕が席の上にある棚に荷物を入れながら言うと、
「りょうかーい。立花亮さま!」
 秀喜はおどけた口調で改めて言って、荷物を手渡してきた。
 自分の荷物も入れてくれということなのだろう。お互い、荷物が大きいせいか詰めこむのに苦戦したが、何とか作業を終えて席に深く腰掛ける。一息ついて生き返った気分だ。
「本当はタッチー、俺とよりあっちと隣同士で座りたいんだろうけど……」
 隣に座った秀喜はあだ名で僕に話しかけると、機内に入ってきた他の生徒に目を向けた。
 秀喜が見る視線の先には、笑いながら席を探す女子たちがいる。その中に、同じ班である笹田紗枝の姿があった。
 僕は小学校四年生の時、偶然隣の席になった彼女のことが好きになった。
 突然、体育館の裏に呼び出して「好きです」と告白できる勇気があったなら、苦労なんてなかっただろう。活発で笑いを絶やさない、成績も優秀で皆に人気がある。
 そんな彼女に対して僕は、クラスの中心人物でもなく、成績も運動も全てにおいて普通。中途半端な僕が、笹田さんに釣り合うわけがない。無視されるのがオチだ。
 当時の僕は告白する勇気もなく、自分にも自信が持てていなかった。だから、彼女への想いを内に秘め、遠くから見守る道を選んだ。
 中学の時には同じクラスになり、部活も同じバスケ部で告白するチャンスはいくらでもあった。
 しかし、いざ向かい合うと緊張でまともに彼女の顔を見られなくなり、話すらできない。
 進展もないまま中学生活を過ごし、遠目で見つめるのが僕にできる精一杯と思っていた。その頃だ。友達の口から「笹田がお前のこと好きらしいぜ」と聞いたのは――
 友達というのが今、隣にいる秀喜であるのだが、女同士で好きな人を言い合う場面を偶然見て、思いがけず彼は聞いてしまったらしい。
「笹田のこと、好きって言ってたよな? 多分、両想いだから告白してみろよ」
 秀喜から聞いたのと中学三年生で卒業もあって、僕は思い切って卒業式の二か月前に、笹田を体育館の裏に呼び出して「好きだ」と告白した。
「私も――」というのが笹田の答えだった。「私も――」に続く言葉はくぐもって、よく聞こえなかったが、僕には十分すぎる答えだった。
 高校の合格発表を一緒に見に行き、互いに番号を確認して喜んだ。帰りも待ち合わせするし、買い物も一緒に行く仲になった。
 そして、僕と笹田の中で、ある一つの約束が交わされた。
 みんなの前ではくっつかない。一緒にいるのは学校以外の場所で――そんな付き合いかたなので、僕と笹田の関係は、親友の秀喜だけが知るところとなっている。
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