契約結婚の終わらせかた



拾い物をしてくださった以上、断ることは出来ず彼女とともに近くの喫茶店に入る。幸いお茶代位は手持ちがあった。


(な……なんか緊張するな)


濃い茶色の木造建築の店内はシックなジャズが流れてて、普段は絶対入らない。屋久杉のテーブルで向かい合わせに腰をかける。


「えっと……私はアイスティーで」

「わたくしはアイスコーヒーをコロンビアでお願いします」


それぞれオーダーをした時に、女性が意外な注文をしたから目を見開いた。


てっきり日本茶だと思っていたのだけど。


そんな私の表情に気づいたのか、女性はふっと口元を綻ばせる。


「和装ですと皆さん日本茶と思われるようですけれど、わたくしはコーヒーも好きですの」


これでも家では豆を挽いてドリップもしますのよ、とふんわり笑う。上品な笑顔はとても自然に見えて、何だか私も力を抜いて彼女に「そうですか」と返した。


「私もてっきり緑茶かと」

「日本茶もいただきますが、紅茶もこだわりがありますの。我が家にはいろんな茶器がありますわ」


そっかぁ……と私は伊織さんを思い出す。彼も紅茶が好きなんだよね。逆にコーヒーは嫌いだって。あの苦みがどうも苦手らしい。


(ベタ甘のコーヒー牛乳にしたら飲んでたけど)


今朝の彼の姿を思い浮かべ、フフッと笑みが漏れる。


きょうの朝、伊織さんはとうとうサンドイッチを食べられた。

薄いハムとレタスとマヨネーズというシンプルさだけど、彼がやっとまともなご飯を食べられたという感動でどうでもよくて。


思わず涙を流したら、「バカ」と額を小突かれたっけ。


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