契約結婚の終わらせかた





はぁ、とため息をつく。

約1ヶ月ぶりに伊織さんのマンションに来た。

ちょっと離れただけなのに、すごく懐かしくて涙が出そうになる。


あの道で寒さに震えてたら、伊織さんに羽織を頂いた。

あのロビーでは太郎と花子の袋が破れかけて、伊織さんが水漏れを大騒ぎしたっけ。


ひとつひとつの景色に思い出が染み付いていて、郷愁の念に駆られる。


私は、クーラーボックスを見てため息をついた。


今日はバレンタインだから、せめて食べて欲しいと作ったチョコプリン。伊織さんが好む完成度まで、何回も試作を繰り返した。


(今なら……伊織さんがいない代わりにハウスキーパーの鈴木さんがいるはず。彼に渡して代わりに離婚届を持って帰れば)


よし、と深呼吸をしてマンションの外側にあるインターホンのチャイムを押す。


今、私は住人じゃない以上は招かれてないと中へ入れない。今のマンションは外側のインターホンで確認し、住人からロックを解除されないと玄関も通れない仕組みになってる。


『はい』と聞こえてきた気だるそうな声は……女性のもの?

『どちら様? あ、碧ちゃんね。待ってて、今開けるから』


……あずささん?


今の声……確かにあずささんのものだった。


動揺した私は、どうやってマンションのドア前に行ったか憶えてない。


気がついたら、ドアが開いてバスローブ姿のあずささんがいた。


「ごめんなさいね、こんな格好で。伊織なら今寝てるわ」


そこまで言われて何があったかわからないほど子どもじゃないつもりだ。


「それじゃあ……これを」


あずささんに押し付けるようにクーラーボックスを渡し、走ってマンションを後にした。


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