いきなりプロポーズ!?
 歩道からのアプローチはエンジ色のレンガ、ランプでほんのりと照らされている。ああ素敵だ。素敵なお店は入る前から素敵なのだ。私はレンガを踏みしめて中へと入っていく。重厚感のある扉は木目も美しい、脇の壁にはバー・カシュカシュと看板が掲げられている。

 その扉を開くとカランコロンと鐘の音がした。懐かしい音色に耳がこそばゆくなる。


「いらっしゃいませ」


 そう出迎えたのは白いシャツに黒のベストを着用した大人の男性だ。私が脱いだコートと手にしていたボストンバッグを預かってくれた。なんかお嬢様気分だ。


「お名前を頂戴してもよろしいでしょうか」
「は、はい。真田です」
「お待ちしておりました。お連れ様がお見えになってます。どうぞ」
「はい。え……ええ? いえ、あの、私は」


 男性はさらに奥にある扉に手を掛けて引いた。神山さんは実は帰国してここにいるとか? 電話をくれた秘書室の女性とグルでスパイで私をだましたとか? どうしよう、ここまで来て帰ります!、とも言いにくい。食事だけいただいてホテルには寄らずトンズラしてしまおうか、そんな予定を頭の中で立ててみる。私は俯いて歩いた。前を歩いていたスタッフの足が止まったのが見えて私も立ち止まった。キキキ、と木のスツールを引く音がする。あーお洒落して神山さんを勘違いさせてしまいそうだ。やばい、やばい……。仕方なく、スツールに座る。


「おう」
「ん?」


 聞き覚えのある低い声。その声に私は右隣を見た。


「嘘……」


 赤いポンポンのついた赤い帽子。モスグリーンのダウンジャケット、よれたユーズド風のターコイズ。


「なんだよ、お化けでもみたような顔して」


 隣にいたのは達哉だった。


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