いきなりプロポーズ!?

 夫人は再びご主人を見た。その瞳の優しいことったらありゃしない。愛する人が楽しんでいる姿というのはここまでひとを幸せにするのか。本当にうらやましい。


「やっぱり人間ってなにかに打ち込んでなきゃ輝けないのよね」


 そんな夫人はきっとご主人が生きがいなのだと思う。何かに夢中になる人間、それをサポートする人間。


「愛弓さんはどうなさるの?」
「どう……と申しますと?」
「新條さん。恋人じゃないんでしょう?」


 ぶはっ。吹き出すものがなかったのは幸いだ。少々垂れてしまったよだれをハンカチで拭いた。なぜ知りえたんだろう。神山さんがもらしたとか? 重ねてミスを犯すのもあり得ないし、達哉が自分からバラすとも思えない。

 私の頭の中はクエスチョンマークで満杯になり、目から飛び出しそうな勢いだった。いや待て。その前に、私と達哉が他人だと知って、他のツアー客はどんな妄想を広げているんだろうか……“ねえあの二人、赤の他人なんですって!”“えーっ、うっそー! だってもう2日も同じ部屋で寝泊まりしてるのよ” “何もないなんてあり得ないわよねぇ?” “だってあの二人、オプショナルツアーも一切申し込んでないじゃない? 昼間私たちが出かけている間にあんなことやこんなことしてるのよ、きっと!” “でもホテルの清掃が入るじゃない” “そんなもの札を出しておけばいいのよ、Don’t disterbって” “邪魔しないでって意味でしょ?” “そうよ、文字通り邪魔しないで、よ!“ ”やっだあ奥さんたら” “新條さんってワイルドで逞しい体してるのよね。きっと激しくたくみに攻められて失神してるわね”……。

 ああ、失神しそうだ。へなへなと崩れてしまいそうな体を必死に支える。ああ、私の可愛くて純潔なイメージは砂の城が波にさらわれたかのようにどんどんと形を崩していく。皆に好奇の目で見られるんだ。ツアーはまだ2日残っているのに。あと2日もあんなことやこんなことを他人の脳内で繰り広げている自分を妄想した。


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