ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』

11話、エルティーナの思い出。想い。願い。

「エルティーナ様! やっと見つけた!」

「…? なぁに、キャット? 私を探していたの?」

「あっ。申し遅れてすみません。フリゲルン伯爵、私はキャット・メルタージュと申します」

「はじめまして、レイモンド・フリゲルンです。失礼ですが、エル様を探されていた。とは何故ですか?」

「僕の妻フルールが、エルティーナ様にどうしても食してほしい菓子があるらしく…僕は、詳しくは分からないのですが。連れてきてとせがまれてまして。
 エルティーナ様。フリゲルン伯爵と話が終われば、一緒に来ていただけますか?」

 スラスラと嘘百。優しげな雰囲気を醸し出しながら腹の中は真っ黒。
 常に穏やかに微笑み続ける姿は、さすが次期宰相候補なわけである。


「とくに大事な話をしていたわけではないので、どうぞお連れください」

 一点の曇りもない(ような)笑顔を見せるレイモンドは、キャットにキラッと歯をみせていた…。
 どちらも狸。そんな真っ黒腹の探り合い中。エルティーナは、少しほっとしていた。


 もうレイモンド様と離れたかったから良かった…嫌いな方ではないし。胸を…突かれても全く嫌悪感はなかったからいいのだが…。
 流石に胸を揉まれていたら、それはキレてたかもと…エルティーナは自身の大きく張り出た胸を見ながら思考する。

 まだ十一年前のアレンとの思い出を上書きされたくなかった。
 思い出せば出すほど、あれはいけないなと…再撃沈する。
 エルティーナがいくら幼かったからといって、してはいけないことはある。
 あれはエルティーナの人生で一番の黒歴史。
 エルティーナ本人も、当時の事件はフワッとしか覚えていない。思い返せばそもそも何故…エルティーナは裸になったのか? 自分で脱いだ?……気がする。
 アレンは、とっても優しくエルティーナの身体に触れていたような……気がする…のに…。
 …エルティーナは…男性の色々…そう、色々大事な所を、物珍しく力任せに握ったり引っ張ったりした。恐い…。知らないって恐い…。
 女にはない男の身体の魅力に抗えなかった。
 
 アレンが当時、…股間を玩具のように遊ばれた出来事が、エルティーナの仕業だと分かってない。
 勝手な見解だが、その事件を覚えてない節もあり得る。

 そんな傍若無人に振る舞った十一年前のあの頃から、アレンはエルティーナが何をしても怒らなかった……。

 しかし、今日…はじめて怒られた。

 拒絶に、拒否に、すべてが初体験…。そんな初体験いらない。
 …アレンのたくさんの恋人達が羨ましい……。

 レオンはエルティーナが閨房学を習ってないから男女のあれこれを知らないと思っているがそれはない。レオンはエルティーナに対してだけ頭がおめでたいのだ。
 社交界やお茶会で、女だけが集まるとその場は、男女の噂や殿方の喜ばせ方、性行為の対位の種類など、それは当たり前に話されていた。
 妻一筋騎士硬質系気質のレオンは、女のエグい噂話はしらない。嫌々ながらも日々、エルティーナは楽しくない…気持ち悪い股間話を聞いていた。

 なんだって好きでもない人の股間の話を、聞かなくてはならないのか? 馬鹿みたいだ。


 互いを牽制しあうレイモンドとキャットに挟まれたエルティーナは、いまだ思考の海に漂っていた。
 たくさんの言い訳を並べたて、やはり落ち着くのはアレンへの想いだ。

 …アレンのバーカ。…バーカ。…バーカ。
 …でも…………好き………。…ずっと………好き………大好き。


「ふんっ!!」女性らしからぬ鼻息がでた。

 おし!! 次、生まれ変わったら、アレンの好み、どストライクに生まれたい!!!
 神様…いい子にしてるから、お願いします!!!
 エルティーナの思考はそこで終わった。


「……エルティーナ様!! 聞こえてますか?? 聞いてますか??」

「………(聞いてないです)」

「はぁ〜。フルールがあちらにいますので。行きますよ」

「はい」

 呆れ顔のキャットが面白い。「ぷっ」と唇から空気が溢れる。
 フルールお姉様のオススメお菓子はどれほどの美味か、想像しただけで悲しい気持ちから浮上し、自然に笑みがあらわれ足取りが軽くなる。


(「う〜ん、アレンのドンピシャ好みって、どんな人なんだろう? スレンダーなカターナ王女みたいな方かな……。
 私が結婚したら、結婚するんだよね? 綺麗な人なんだろうなぁ……羨ましいな……」)

 じくじく侵食してくる胸の痛みを感じながら、アレンの姿を思い描く。
 エルティーナにとって想像は、唯一誰にも迷惑のかからない素敵なことだった。



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