ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』
人の気配がし、エルティーナのけぶるような睫毛が震え、柔らかい瞼がゆっくりと開いてゆく。
その奥に潜む柔らかいブラウンの瞳が朝の光を取り込むと……同時に…。
優しい微笑みを称えたメーラルと視線が交差する。
「おはようございます。エルティーナ様」
「おはよう、メーラル。ふふふメーラルの声はとても心地よくて……また寝てしまいそう」
エルティーナは小さく笑いながら掛け布団に顔を埋める。
「それは嬉しく思います。しかし、これ以上アレン様をお待たせするのは悪いのでは?」
「ぎゃあっ。私そんなに寝ていた??」
「昨日よりは一時間ほど遅いですね。……エルティーナ様、実はアレン様はその一時間前にいらしておりますので、二時間ほど待っておられます」
エルティーナは、メーラルの言葉に絶句。
「いやぁぁぁ! 起こしてよ、起こしてよ」必死に布団をバフバフするエルティーナに、メーラルはたっぷり癒されていた。
「いえ。私共もエルティーナ様を起こしてまいります。とアレン様にお伝えいたしましたが、授業に間に合う時間までは起こさないで欲しいと言われましたので今の時間になりました」
「……はっ。まさか、アレンまた外に立ちっぱなし!?」
「いえ、流石に部屋の中に入って頂きました。何ともいえない顔をされておりましたが……。アレン様でもあのような顔をされるのですね。……昨日から色々衝撃です」
と言うか……侍女 皆がアレンと顔を合わせずらかった。硬質で造り物のような美貌のアレンだからこそ、昨日の態度に大変驚いていた。
アレンに対しての侍女達の感想は、彫刻品や美術品のように思っていた。
しかし昨日の衝撃的事件でとても生々しい男性の部分を見てしまい、恥ずかしくて朝から気もそぞろ。
そんな悶々としているメーラルに、エルティーナは自分の身体を見てから、
「今日は、大丈夫よ!!」と偉そうに発言をする。あまり反省の見られないエルティーナにメーラルは撃沈させられた。
「エルティーナ様……アレン様がものすごく気の毒です……」
メーラルの小さなツッコミには、まったく気づかないエルティーナだった。
軽く身体を拭いて、顔を洗い、ドレスを着る。今日のドレスはダンス授業ということもあり、光沢が強いベルベットのドレスになっている。
髪は最後に整える為まだ背中に流したままにしており、妖艶さ溢れる肉体に穢れなき表情や天使のようなふわふわの髪はなんともミスマッチだった。
エルティーナの寝覚めを待っているアレンはする事もないので、ソファに腰掛けて本を読んでいた。
当然落ち着かない………。体力のあるアレンは廊下で待っているのは別に苦ではない。それよりも…昨日の今日でこの場所にいる方が精神にきていた。言っても仕方ないが…。
でも……そう思う気持ち以上に、少しでもエルティーナの近くに居たい気持ちもあるから困っている。
アレンはラズラの迷惑な提案で、昨日ほぼ一日、エルティーナに会えなくなり気持ちが沈んでいる。
(「早く、エル様の声が聞きたい。あの声で名を呼んでもらいたい。
……それだけは…譲れない…例えエル様に特別な誰かができても、あの澄んだ声で紡ぐ私の名は特別なんだ。
……その声を聴くために私は生きているといってもいい……」)
エルティーナの寝室の扉が開き、心を揺さぶる声が聴こえる。
「アレン!! お待たせ!!」
エルティーナがアレンを呼ぶ元気な声は…病でぼろぼろになった身体に命を吹きこむ。
「おはようございます。エルティーナ様」
朝食を食べる為にグラハの間に向かう道中、エルティーナはアレンに昨日の事を話す。
「凄いたくさんのパイを食べたわ。甘いものから、お肉やお魚が入ったものまで、ついつい食べ過ぎて、夕食が食べれなかったわ。だからお腹がすいてるの」
「左様でございますか。楽しそうで良かったです。エル様の大好きなチョコレートはなかったのですか?」
「チョコレートはね。……チョコレートばかり食べる私が見るに耐えないくらい気持ち悪い、とラズラ様に言われたの。だからこのお茶会にはあえて置かなかったって……。人を知らない所で害していたなんて、知らなかったわ……」
「……エル様……ラズラ様といて、楽しいのでしょうか? 常に意地悪をされているように、お見受けいたします」
「ラズラ様の意地悪は、愛があるの。私の事が大好きーって伝わる意地悪だから嬉しいわ。私はお友達がいないから、本当に嬉しいし楽しい。
あと数日でお別れは本当に辛い……。
それはそうと。
ねぇ。あの〜。アレンは? ……その……昨日……楽しめた??」
エルティーナと離されて楽しい訳がない、アレンの気持ちを知らないとはいえ…心臓にナイフを突き立ててくる。
「何も、楽しい事はございません。騎士団に戻り、キメルダ副団長の仕事を手伝い。その後副団長と少しワインを飲んで、すぐに寝ました」
アレンは感情のない声で淡々と話す。普段表情の変化がないアレンが淡々と話すと身を斬られるように恐い。
しかしエルティーナは、十一年前の天使のアレンが軸にある為、皆が一同に恐れる硬質な美貌のアレンに対してあまり恐いとは思わないのだ。
だからこそ、とんでもない言葉を普通に言える。
「はあぁ!? なんで、どうして、恋人は!? せっかく夜に会えるように、一日お仕事お休みしてね。って言ったのに!? なんっで、仕事してるのよ!?」
「………エル様、変な気を回さないでください。地味に傷つきますから……。
前にもいいましたが、私に恋人はおりません」
「嘘だぁ〜」
「嘘ではございません。エル様、本当にそう思われるのは心外ですのでやめてください」
流石のアレンも口調がキツくなる。しゅんとするエルティーナを見て、可哀想に思ったがこれはアレンにも譲れなかった。
最愛の人に他の女を勧められるのは、男の沽券にかかわる。エルティーナに対して絶対に否定しておきたい事だった。
(「やっぱり、アレン……態度が甘くない……なんでよ〜 喜んでくれるとおもったのに……。怒るし……いい方が凄くキツかった。恋人と喧嘩したのかな??
うん。でもこれ以上は話すの止めよう。黙っておこう」)
エルティーナは静かに、回廊を歩いた。
グラハの間は誰もおらず、軽い果物と紅茶だけを飲んで早々と終わった。アレンが気になって食事どころではなかったのだ。
「もう、怒ってないかな?」
エルティーナはドキドキしながら、グラハの間の扉を開け確認する。そこには穏やかに話すアレン、エリザベスお義姉様とお兄様がいた。
エルティーナは、扉から三人を眺める。
「神々しいわぁ〜。お兄様の太陽のように光る金色の髪と、お義姉様の漆黒の髪、アレンの宝石のような銀色の髪は絵になるわぁ〜。ジュエリーにしたいわ!! 本当に〜」
アレンがエルティーナに気づく。そして早足でこちらに歩いてきて、開いている扉に手をかける。エルティーナが「うん?」と思っていると。
「エルティーナ様、お食事は終わりましたか?
まず、手を下ろして下さい。こんな重い扉をエルティーナ様一人で開けるのはお止め下さい。手が挟まったらどうするおつもりですか?」
なるほど、それで心配して足早にこちらに来てくれたのだ。
エルティーナは納得してニマニマしているが、背後にいた侍従は涙目になり凍ってた。
アレンが睨んでいるからだ。もちろんエルティーナは全く分かっていないどころか、アレンは優しい! なんてトンチンカンな事を考えていた。
このいつもの状況にレオンは呆れる。
相変わらずの平和ボケなエルと、エル以外の人間に対する態度が大きく違うアレンをみて、長い溜め息をついた。
そしてすぐに、侍従を助けるべく間に入った。