ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』

57話、すれ違う思い

「エルティーナ様、本当に気をつけてください。ドアは侍女か侍従にお申し付けください」

「分かった、これからはしないわ」

「……エルティーナ様、何がそんなに楽しいのでしょうか………」

 態度が甘くなくなったアレン。ここ数日がおかしかっただけだ。以前と同じように戻っただけ。
 恋人にするような(本当は知らないからイメージだけど)触れ合いや、甘い口付けのような声、性的な夢を見てしまうほどアレンを全身で感じていた……。

 それが何故か、昨日? 今日?? あたりからなくなった。昨日、見苦しい裸を見せたから気持ち悪く思われたと頭をよぎったが、よくよく考えてみると結論は早く出る。
 実はエルティーナがそう思う事も自意識過剰なのだ。
 アレンにとって、エルティーナの裸事件はあまり興味もなく、長く意識の中にはないと冷静に考えると分かった。

 アレンが急に冷たくなったと感じていたエルティーナだが、さっきの態度だ。エルティーナが自らドアを開けていて、危ないと思ってくれ、レオンやエリザベスと話をしている最中だったがエルティーナを優先してくれた。

 エルティーナが驚いて手を離してもいいように、まず手をドアにかけてから話だしたアレン。
 やっぱり、優しい。大事にされている。そうはっきり理解してエルティーナの胸中は感激の嵐だ。先日までのアレンはエルティーナが見せた妄想だったのかもしれない。であれば今後これ以上は望まない。

 ここで我慢すれば最後はアレンから抱きしめてくれる…かも…。そんな未来をエルティーナは想像する。
「今まで、ありがとう」と満面の笑みでギュッとしてくれるかも。それくらいは愛されていると感じていた。


(「それまでは、我慢、我慢ね。でも、せっかくだから近くで神がかった美貌の顔は見るわ!! 今後こんな至近距離で顔を見れなくなるものね」)

 じぃーーーーーーー。

「…………エル様、私の顔に何かついておりますか?」

「いいえ、何も付いてない。気にしないで」

「……………」

 じぃーーーーーーー。

「エル様、前をみて歩いてください」

「(ちぇっ)…はい」

 エルティーナは渋々アレンの顔を鑑賞するのをやめ、ダンスホールに歩いていく。


(「もうちょっと眺めておきたかったな。次があるわ。次、また挑戦よ」)

(「エル様がよく分からない行動をされている……。何かあるのか!? 無表情で見てくる意味が分からない……。怒って……るようには思えないしな…」)

 前を向いて歩いてなくエルティーナが転ぶ。それをアレンが抱きとめる。を期待はしたいが、自分で自分の首を絞めることになりかねないので止めて正解。


「エル様、今日の靴は大丈夫でしょうか?」

「覚えてたの!?」

「あれほど血だらけになっている姿を見て、覚えてない方が凄いと思いますが……」

「そうかしら? でも、ありがとう!! 靴は大丈夫よ。柔らかい素材の靴にしたの!!」

「そうですか。でも足が痛くなったら我慢せずヒジカ伯爵にお伝え下さい。心配でたまりませんので」

(「うぉーーーー!!アレンが素敵な言動を!!心配でたまらないって、どうしよう。嬉しくて……アレンが大好きすぎて…涙がでる……」)

 エルティーナは涙を隠すため、アレンから顔が見えないように漆喰の壁に目を向ける。
 それでも涙の膜が瞳を覆い、壁と磨かれた大理石の床の境目が涙によって分からなくなっていく。

(「泣いちゃだめ。泣いちゃだめ」)

 エルティーナは柔らかい瞳を、拳を作った手で押しつぶす。とまれ、涙、とまれ、涙。

「エ、エル様!? どうされたのですか!? 目が痛いのですか!?」

 必死なアレンの声で少しだけ気持ちが落ち着く。

「大丈夫よ、大丈夫」

 エルティーナは笑いながら出来るだけ明るい声を心がける。でも固く握られた拳はまだ瞼の上。

 どう見ても涙をころして泣いているエルティーナに苛立ちが起こる。

 何を泣くことがあるのか?? やめて欲しい。何が辛い??
 狂ってると思われてもいい。アレンはもうエルティーナを鳥籠に入れてしまいたかった。誰にも会わせず何もさせず……未来永劫アレンだけをみていたらいい。そう……叫びたくなる。

(「貴女の望むもの全てを差し上げますから。どんな事でも致します。
 どうか…泣かないでください…」)

 どんな時でもエルティーナは天使のように美しい。だが満面の笑みでアレンを見上げてくるエルティーナが一番、愛おしくて、大好きなのだ。

(「エル様…どうか…どうか…泣かないでください…」)


 エルティーナにアレンの気持ちは伝わらない。伝わってはいけない。交わることない想いは二人を蝕む。

 アレンの主人であるエルティーナが、エルティーナの騎士であるアレンが、二人きりになれる唯一の時間が移動している〝今〟なのに。
 誰にも邪魔される事のない大切な時間であっても、二人は目も合わず話さない。
 近いからこそ、分からなくなる。愛しすぎて、分からなくなる。二人はそんな表現しづらい気持ちに悩まされていた。



 ダンスホールにはヒジカ・ジュンラ伯爵が妻のキャスリンと優雅にティータイムをしていた。

「はぁ…楽しみですわ。旦那様。わたくし、噂の姫様と白銀の騎士様にお会いするのは、始めてですのよ。胸がいっぱいでいっぱいで何も食せませんわ……。
 あっ旦那様そのタルトいらなければ、わたくしが頂きますわ。王宮のお菓子を食せる機会が次にあるとは思いませんもの」

「キャスリン…。話している内容と、行動がまるであってないよ。まるまるしているのが可愛くて好きだが…。
 タルトもほら、食べるといい」

「まぁ!! 旦那様、愛してますわ。わたくしは旦那様のダンディな白ひげがたまらなく好きですわ。いつまでも胸に挟んでおきたいわ」

 ぐはぁっっっ!! ヒジカはキャスリンの物言いに紅茶を吐く。

「きゃあ! あ。もう、火傷は大丈夫ですか? 見せてくださいな。拭きますわね」

 キャスリンはさらっと移動し、ヒジカの膝の上に乗る。そしてヒジカの顔を自身の豊満な胸の谷間に挟み「はぁ はぁ 」いいながら唇を髭を拭いていた。

 二人の濃厚なラブシーン(?)に、実はもう入室していたエルティーナとアレンは唖然としながらその光景を見ていた。

「いいなぁ、あんなのしたい……」

 小さな声の呟きをアレンは耳にする。思わず呟くエルティーナに怒りがわいてしまう。「フリゲルン伯爵とですか?」 それを軽く聞けるほど、アレンはまだエルティーナへの恋心の決着はつけれていなかった。だから言葉じりがどうしてもきつくなる。

「…………誰とですか?」

「……アレンと…………」

 うっとりと、ジュンラ伯爵夫妻を見ているから、エルティーナはさらっと本音を伝えてしまう。

(「えっ!?今、なんて!?」)

 アレンはまさかここで、この会話で自分の名前が出てくるとは微塵も思っていなかったため、嬉しさよりも驚きが先にきて呆然としてしまう。

 エルティーナは一拍おいて、自身の爆弾発言を反芻し、隣で固まっているアレンをみて一瞬で真っ赤になる。

「いやぁ。あの。あのね、違うのよ、違うの。変な意味じゃなくて!! あの、私も胸は大きい方だから、あんな事も出来るんだと思って!! か、感動したの。だから、それで、それが、だから」

 アレンへの言い訳がよく分からなくなっている。恐ろしい事を口走ったのは分かるから、なんとか弁解をと思うが上手く言葉にできなくて。
 また綺麗なブラウンの瞳は涙の膜をはっていく。

 大きな声で喚くエルティーナに、ラブシーンをしていたジュンラ夫妻はやっとエルティーナとアレンが部屋に入室していた事に気づき、慌てて姿勢を正した。


「えっおほん。エルティーナ様、お久しぶりでございます。足の調子はいかがでしょうか。以前は姫様の靴擦れに気づかず……本当に申し訳ございませんでした」

「えっあっ、大丈夫です。ジュンラ伯爵の所為ではございません。私が黙ってワルツを踊っておりましたので…足はもう治りました。靴も柔らかい生地に変えましたので、今日は気にせず沢山踊れます。よろしくお願いします」

 慌てふためいていても、エルティーナはさすが王女。ジュンラ伯爵の言葉に我にかえり、丁寧に言葉を返す。
 でも内心では、アレンの弁解がまだで心ここにあらずだった。

 そんなエルティーナの気持ちは分からないジュンラ夫妻。今度は若干空気の読めないキャスリンがエルティーナに挨拶をする。


「エルティーナ姫様、はじめまして、わたくしヒジカの妻、キャスリンと申します。姫様にお会いでき光栄でございます。本日は、姫様の美しさをさらに引き出せるよう伴奏を努めさせて頂きます。よろしくお願い申し上げます」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 キャスリンの人を巻き込む穏やかさを真正面から受け、エルティーナの気持ちが落ち着く。

 アレンへの弁解は今更出来ず、自分の変態思考が憎かった。また、これでもう一つ嫌われる理由を作ったなと悲しくなる。
 エッチな夢をみて、見苦しい裸を晒して、変態な妄想をして、これ以上アレンに嫌われたくないのに、自分で印象が悪くなる事ばかりする。

「最悪よ…………」この時すでにエルティーナの心は、壊れかけていた。


 全ての挨拶が終わりダンスの授業が始まる、その時ドアがノックされ、扉が開く…。

 一斉に皆の視線が扉に集まった。


「こんにちは!! あぁー。エル様、会いたかったです」

 そう言って、ダンスホールに入ってきたのは、レイモンド・フリゲルン伯爵だった。

 真っ先にエルティーナの側にいき、エルティーナを抱きしめる。そして抱きしめたままわずかに身体を離し、柔らかい頬に口付けを落とす。極上の笑顔で笑っているフリゲルン伯爵。

 エルティーナはそんなフリゲルン伯爵を胡乱な目で見ていた。

(「なんでなの??」)

 態度が、言葉が、凄く嘘くさい。レイモンド様の態度も言葉も甘いはずなのに、中身は空っぽに感じる。
 そうアレンとは真逆。アレンは態度も言葉も普通で、エルティーナには一切触れてこないのに……いつだって甘くて濃厚で、優しく大切に抱きしめられているように感じられる。
 レイモンドのように密着して抱きしめられた事なんて一度もないのに…だ。

 エルティーナには、アレンとレイモンドの違いが不思議でたまらない。

 抱きしめられたままエルティーナは、フリゲルン伯爵を冷静に分析していく。

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