ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』

63話、別れの前日


 ラズラがスチラ国に帰ってから、エルティーナはいつもと変わらない日々を送っていた。

 朝起きて、アレンと会い、甘い言葉を交わし、朝食をとる。王女としての学びを受け、お茶をして、夕食をとり、アレンと別れ、就寝する。
 何気ない日々が宝物のようであり、エルティーナにとっては甘い檻の中にいる感覚だった。


 宝物のようなアレンとのひと月は、とても早く流れていく。

 ボルタージュ国建国記念の日をまるで待ち望むように、美しい花々が競い合い満開になってゆく。
 回廊は常に甘やかな香りに満ちあふれ、優しい香りがエルティーナを元気づけてくれる。

 いよいよ、明日が決断の日。



 エルティーナはアレンと別れ、就寝となる。だが今日は違う。ナシルや侍女にはあらかじめ話を通していた為、まだドレスは脱がず椅子に座ったまま来訪者を待つ。

 エルティーナが待つ来訪者は、父と母。

 明日でアレンの護衛を終了とする事を話す。エルティーナは前々からアレンの護衛の件を話していたが、父、母、どちらもあまり良い顔をせず、そのままになっていた。
 今日、その曖昧な関係を終わらすのだ。きっと、何かが変わる。


 アレンがエルティーナから離れる事は、このひと月ほぼ無かった。アレンには聞かれたくない。これはサプライズ。
 明日の終わりにアレンに護衛の終了を言い渡す。凄く喜んでくれるはず、エルティーナのお守りから解放されるのだから…。

 手にはアレンの髪で作ったヘアージュエリーがある。自分自身の髪で作るヘアージュエリーは厄除けや、身代わりとなる。
 エルティーナはこれをアレンに渡すつもりだった。アレンの分身のような髪を手元に残すのは罰当たりのような気持ちだったからだ。

 丸い楕円の金枠にはアレンの宝石のような髪が入っている。エルティーナが渾身の力で作ったヘアージュエリーは、丁寧に編み込まれそれはそれは本当に美しく、ナシルや侍女達から大絶賛される逸品となっていた。


「ねえ、ナシル。アレンは喜んでくれるかしら? なかなか美しく出来上がったから、アレンが付けても大丈夫だと思わない??」

「……えぇ。美しい仕上がりで、驚いております。しかし、エルティーナ様。
 アレン様の髪はエルティーナ様が、頂いたのではないのですか?? せっかくあのように頂きましたのに、お返しされるのですか?」

「ナシル……。あのね、アレンは優しいの。
 私が髪を切る話に、返事をすぐしなくて間をあけてしまったから……私を可哀想に思い、仕方なしに自分の髪を切ったのよ?そういう人なのアレンは。
 それにこれは私なりのお礼。アレンはお金もあるし、土地もある、地位もあるし、あの美貌よ? 全く不自由していないし、欲しいものがわからない。
 私からだと何を渡しても重くなるけど…。でも仕方なしに渡した自分の髪が返ってくるのは、嫌じゃないと思うのよ! それに、もしかしたら建国記念の日に恋人にプレゼントとかも出来るかもしれないし一石二鳥よ!!」


「エルティーナ様。アレン様はきっと…」

 ナシルの声にかぶるように、ドアがノックされ侍女が扉を開き、エルティーナの父と母が入ってきた。
 エルティーナは急いで椅子を立ち、礼をとる。


「お父様、お母様、夜分に申し訳ありません。お話したい事がございます。でも私事のこと。政務をしているお父様にも、付き合いの多いお母様にも、なかなか話せず。今日になりました」

「かたくならなくていいわよ、エル。せっかく親子で語り合うのだもの、肩の力は抜きなさいな」

「メダの言う通りだ。エルが飲みやすい甘いワインも持ってきた。ゆっくりと飲みながら話そうじゃないか。エルがフリゲルン家に入れば、そう簡単には会えなくなるからな」


 優しく微笑む父と母に、エルティーナは満面の笑みで返す。

「お父様、お母様、ありがとうございます!!」


 エルティーナは父と母に礼を言い、二人をソファーに促し着席したのを見て、自らもソファーに座る。

 父が持ってきた甘いワインを飲みながらしばらく会話を楽しむ。最近の近況報告や、ラズラと友達になった事、フリゲルン伯爵家のみんなの話など話は尽きなかった。
 エルティーナは、少し話の間が開いた所で本題に入る。


「お父様、お母様。」

「なぁに?、いきなり改まって」
「なんだ、エル?」

「二ヶ月後には建国記念の日となり、ボルタージュ国にとって節目の年となります。私もそれが終われば本格的に結婚の準備に入りますし、王宮内も忙しい時期になります。
 私が今日、お父様とお母様に来て頂いたのは、契約の終了の報告をする為です。伸ばし伸ばしになった私の護衛の件。……明日を最後に私からアレンの護衛を外してもらいます」

 エルティーナのハッキリとした言動に二人は驚く。

「まって、エル。どうしたのいきなり。アレンの護衛は貴女が嫁ぐまでという事よ?」

「お母様、私の護衛はもう必要ありません。分かっております。王家の血筋はクルト、メフィスが産まれて確固たるものになりました。私にアレンほどの護衛は最早、必要ございません。
 アレンには、明日。私から話をしてもいいでしょうか? 七年間…アレンの大切な時間を頂きました。もう充分です」


「それで、エルはいいのか…?」

 父であるダルタは、王ではなく父として優しくエルティーナに問いかける。

「はい!! ラズラ様とお別れした時、アレンとは後ひと月と考えておりました……。そう思い、このひと月を楽しく過ごしました。お父様、お母様、アレンほどの騎士を私の護衛に付けて頂き、ありがとうございました!!」


 エルティーナは椅子を立ち、正式な礼を父ダルタと母メダにした。最上級の感謝を込めて………。

 エルティーナの立ち振る舞いを見た後、ダルタとメダはお互いの顔を見る。
 お互いの顔は悲しげで辛そうだ。それでも成長していくエルティーナを嬉しく思うのも確かだったから、静かにうなづく。


「承知した。明日をもって。アレン・メルタージュはエルティーナ・ボルタージュの護衛騎士を外れる。長きにわたる責務、最大の褒賞を贈ろう」

「はい、よろしくお願い致します。陛下」

 美しく礼をとるエルティーナに、国王夫妻は只々見守るしかなかった。




 父と母と別れ、エルティーナは寝室で一人思いにふける。

 明日が本当に最後になる。
 当たり前のように朝の挨拶をし、
 当たり前のようにアレンの側にいて、
 当たり前のように美しい姿を瞳にいれて、
 一日を過ごす
 当たり前のように自室まで送ってもらい、
 当たり前のようにおやすみの挨拶をする。

 明日は当たり前の最後の日………。


「泣かないで、笑えるかな? 普通にできるかしら? アレンは、ヘアージュエリーを喜んでくれるかしら?
 ………きっと、喜んでくれる!!『今日で護衛は最後』と言ったら、感極まって抱きしめてくれるかも! 初めての抱擁があるかも!? またあの時みたいに、頬に口付けをされちゃったり!? きゃっ!!……
 それ以上は望まないから、喜んでね……アレン………」


 月明かりが入る寝室。重厚な鍵つきのタンスを開き、もう一つのヘアージュエリーを取り出す。
 それを手にし軽く口付け、首からかける。少し重さのあるそれは、エルティーナの薄いシュミーズを押し付けて胸の谷間におさまる。
 背徳感があっても、それを上回る喜びを運んでくるヘアージュエリー。

 美しい花の模様が描かれた金枠の中には、月明かりのように輝く銀色の髪と淡い色合いの金色の髪が固く固く編み込まれている。
 窓辺にいきカーテンを開く。眼下に広がる庭園を見てアレンを想う。

「流石にこれは軽蔑するわね」

 自分の声に苦笑し、胸元にあるネックレスを夜空に掲げる。美しく反射するヘアージュエリーはエルティーナの宝物。
 誰にも言わず、就寝する時だけに肌につけ楽しむ。



 夜が明け、太陽神が目覚めるころ。エルティーナとアレンの最後の一日が始まるのだ。

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