御曹司さまの言いなりなんてっ!

 ショックで強張ってしまったあたしの表情を勘違いした看護師さんが、慌てて宥める。


「もう大丈夫だから心配しないで。ほんと、救急に連絡してくれた人に感謝しないとね」


 何にも事情を知らない看護師さんの言葉に、あたしの心はさらに打撃を受けた。

 奪われてしまったあたしのファーストキス。ずっと密かに憧れていた人生最初のキス。

 心から好きになった相手にいつか捧げる日が来るのを夢見ていたのに、その日は唐突に訪れた。

 よりによって人命救助なんて味も素っ気も、ロマンもドリームも皆無な形で。


 もう二度と取り返しがつかない。

 その事実が悔しくて悲しくて、あたしは点滴を受けていない方の手で自分の唇をゴシゴシと強く拭った。


 いや、あれはキスなんかじゃない。

 あんなもの、キスの定義に収まらない。

 ノーカウントだノーカウント。よって、あの行為は無効!

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