御曹司さまの言いなりなんてっ!

 そう言って部長は林檎の袋を持ち、私の肩に手を回して歩き出した。


「さあ、中に入るぞ。せっかくだから、いただこう」


 それはさりげない、私を促す仕草。

 でも私は、その奥に隠れた彼の真意を感じ取っている。

 別にわざわざ、中に戻るために私の肩に手を回す必要なんてない。

 これは彼からのモーション。私へのアプローチだ。

 そう思うのは、決して私の自惚れじゃないはず。


「……はい」


 素直にそう答えながら、私は彼の手の感触を感じている。

 温かくて、固くて、重みのある男らしい手の感触。

 私の反応を伺うような、どこかオズオズとぎこちない指先の感触を。

 彼の心臓も……ひょっとしたら今、高鳴っているのかもしれない。

 私と同じように、これからのふたりの展開に、ほんのりとした期待を持ちながら。

 
 もう夏の空の日は傾き、空気までもが黄昏色に染まっている。

 金色の気怠い夕刻の陽射しが、一日の終わりを私達にそっと告げている。

『もうすぐ、夜が来る』

 私は、部長とふたりで古民家の中へ戻った。
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