御曹司さまの言いなりなんてっ!
からかう様な意地悪な表情。呆れた様に吐き出されるため息。
照れたように逸らす視線に、少年のような明るい笑顔。
宝箱の奥から特別な宝石をそっと取り出すように思い出しては、その度にそれらが実体のない幻であることを思い知る。
そして……まるでザラついた手で撫でられたように心が痛む。
彼と触れ合った唇を人さし指でなぞり、あの甘い熱を思い出して両目がじわりと潤んだ。
こんな風にグジグジしているから、いつまでも痛みが引かないんだ。
だってバラバラに解けてしまった思い出を、懸命に針を突き刺しながらツギハギに縫い合わせているようなものだもの。
未練たらしい。ミジメったらしい。こんな自分は大嫌い。
前に進むためにも、そろそろ本気で仕事探さなきゃね。また無職になったことがお母さんにバレたら大変だわ。
今の状態であの口撃を受けたら本気で撃沈されてしまう。
実の母親なだけに、私の一番痛いツボを的確に攻めてくるんだもの。冗談抜きで田舎に帰ってお見合いしちゃうかもしれない。
元気を出すためにお昼ご飯をしっかり食べようと台所に向かって、ゲンナリした。
またソーメンとゆで卵かあ。この組み合わせはいい加減もう飽きた。
さりとて冷蔵庫には何もないし、たまにはコンビニに行ってお弁当でも買ってこようかな。
ここ最近、まともに外出すらしていない引き籠り状態だったしね。
わざわざ着替えるのは面倒くさいから、部屋着のままサンダルを突っ掛けて私は部屋を出た。