御曹司さまの言いなりなんてっ!

 失業保険も下りずに途方に暮れていた後輩も、あの試験会場にいた。

 実家に戻れば仕事があるけど、子どもを転校させたくないからと頑張っている先輩も会場にいた。

 おそらく胃に穴が開きそうなほどのストレスと戦いながら、必死に就職活動している上司も。

 そんな彼らを尻目に、このままホイホイ就職するなんてできない。


「みんなの目の前で、こんなズルみたいな、ひとりだけ抜け駆けみたいな真似で採用されるのは嫌なんです」

「…………」

「誰かが受かれば、誰かが落ちます。それは仕方がないことです。それを堂々と納得するためにも、私はちゃんと試験を受けて入社したいんです」

「本当にそれでいいのか? 本当に後悔しないんだな?」


 そこで初めて部長は振り返り、真っ直ぐに私の顔を見おろした。

 宝石みたいな綺麗な黒い瞳に見つめられて、一瞬ドキッとしながら私は言葉に詰まる。

 頭の中には、当選宝くじの券がヒラヒラ~っと風に舞って飛んでいくシーンが……。

 思わず喉から飛び出そうになる手をグッと堪えて、わたしは頷きながら答えた。


「はい。後悔しません」

「分かった。じゃあ、こうしよう。お前の正式な採用は当分の間、おあずけだ」

「は? おあずけ?」

「それこそ文字通り、試験採用扱いだ。その間俺の役に立てたら正式採用。俺の御眼鏡にかなわなければ、採用は白紙だ」

「…………」

「俺は譲歩した。これ以上ゴチャゴチャ言うな。分かったな」
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