御曹司さまの言いなりなんてっ!

 ……どうにもその、俺様気質が漂う物言いは引っ掛かるけれど、端整な美貌に見つめられた私は頷くしかない。

 すると部長は、納得した私に気を良くしたのかフッと笑顔になった。

 途端に彼の全身に漂う無愛想な印象が消え去って、人懐こい顔付きに変わる。

 そして、なんだか少し楽しそうな声で言った。


「強情そうな顔付きをしているな。明らかに納得していなさそうな表情だ」

「あ……いえ……」


 そんなことはありません。

 と言えばいいのだろうけれど、そんなことあるので、言えない。

 私の性格が意地っぱりなのも、この件に心から納得していないのも事実だもの。

 返答のしようがなくて部長の顔から視線を逸らし、目の置き所に困った私は、黙って彼のスーツの生地を見ていた。

 そんな私に部長は、突然改まった口調で告げる。


「筆記試験も面接も、そんなものは必要ない。俺に必要なのは、お前自身なんだ」


 私は思わず顔を上げた。

 いまの言葉がちょうど耳に入ったらしい、廊下を歩いていた社員たちがビタッと足を止めて、驚いた顔で私たちを見ている。

 私と部長と社員たちの空間が、ストップモーションのように一時停止した。

『俺に必要なのは、お前自身』?

 な、なにそれ?

 まるで口説き文句のようなことを言われて、さすがに私の心臓がドクンと高鳴る。

 自分の頬がほんのり赤らんでいるのを自覚しながら、言葉もないまま部長を見上げた。
  
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