御曹司さまの言いなりなんてっ!

 部長はふざけているような様子もなく、真面目な顔で私を見おろしている。

 少しの間そうして私と見つめ合い、「……行くぞ」とひと言告げたかと思うと、踵を返してまた早足で歩き出した。

 呪縛が解けたように周りの社員たちも、ギクシャクと動き出す。

 すれ違いざまの、彼らの物珍しげな視線がプスプスと突き刺さって痛かった。


 視線をやり過ごすようにして、慌てて部長の背中を追いかけ始めながら、なんともいえない複雑な心境に陥る。

 さっきのセリフはどういう意味なんだろう?

 深読みする気はないけれど、ちょっと意味深じゃなかった?

 まさか、まさかとは思うけれど……。

 この人、私に一目惚れして、それで私の採用をあの場で即決したんじゃ……?

 と思った瞬間、私は自分で自分のその考えを強烈に否定した。


 いや、無いな。それは。

 私がこんなイケメンに一目惚れされるような、突出した美貌の持ち主じゃないのは確かだ。

 そんなんだったら、今までもっと楽でお得な人生を歩んでいるもの。

 それに、そんな理由で合否を決めるなんて、あまりにも非常識であり得ない。

 仮にそんなことしたら、それこそ典型的な直系バカボンボンよ。

 そんな公私の区別もつかないような、救いようのない人物には見えないし。


 部長の後ろ姿を見ながら、私はもう一度、心の中の疑問と向き合う。

 やっぱり私、なぜかこの人のことが気になって仕方ない。

 この気持ちは何なんだろうか……?

 口に出せない疑問を心の中で何度も反芻しながら、私は食い入るように高級スーツの背中を見つめ続けていた。




 
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