御曹司さまの言いなりなんてっ!
「こんな立派な息子をもてて私は幸せ者よ。ありがとう直哉さん! あなたのお母さんになれて本当に嬉しいわ!」
ハンカチを取り出して目尻の涙を拭う社長夫人と部長のふたりに、周囲の招待客は惜しみない称賛を与える。
「なんてご立派な態度でしょう。自ら弟さんに道を譲るなんて」
「まったく、見上げたこころざしです。なかなかできることじゃない」
「これで一之瀬商事は、これからもずっと安泰ですね奥様」
「皆さん、ありがとう! 本当にありがとう!」
グスグスと鼻を啜り上げながら感動シーンをアピールする社長夫人の隣で、部長は微笑みを崩さずに、人形のように立ち続けている。
その綺麗に整った笑顔の奥の感情は、如何ばかりだろう。
誰も味方のいない逃げ道のない場所で、こんな風に取り囲まれて、追い詰められて。
なのに喚くことも怒鳴る事もできず、ただ笑っているしかないなんて……。
その時、周囲に笑顔を振りまいていた社長夫人の動きが、何かを感じ取ったようにピタリと止まった。
そして、ゆっくりと視線をこちらへ移動させる。
「…………」
私はひとり、笑っていなかった。
部長すらも微笑んでいるこの状況で、ただひとり唇をギュッと強く結び、社長夫人を見つめていた。
「あなた……お名前はなんていったかしら?」
社長夫人が、頬に手を当てニッコリと微笑んだ。