御曹司さまの言いなりなんてっ!

 どうせ私が仮採用とはいえこんな大企業に入社できたのは、棚から牡丹餅、瓢箪から駒。

 社長夫人と専務に楯突いたせいで採用がポシャッたところで、元々あり得ない話が、有り得る話に落ち着くだけのことだ。


「私は、喜んで部長とご一緒したいと思っています。誰にも邪魔されることなく部長が実力を発揮できるよう、全力で努めるつもりです」


 私はそう言い結んで口を閉じた。

 目の前の社長夫人は、もはや例えようのない表情をしている。

 顔つきそのものは確かに笑顔なのに、彼女はまるで笑っていなかった。

 三日月形に歪んだ目と唇は、今にも飛びかかって私を飲み込みそうな迫力に満ちている。


 全身から猛獣のような物騒なオーラを撒き散らす社長夫人と、蛙の面に小便で、どこ吹く風の私はお互い瞬きもせず、真っ向から視線を絡み合わせていた。

 異様に静まり返った空気に、どうしようもなくピーンと緊張感の糸が張りつめる。

 そんな、誰も何も言えない場に……。


「やあやあ皆さん、お揃いでどうもどうも」


 場違いに明るい楽しげな声が聞こえて、全員がそちらに振り向いた。

「あ……お祖父様」

「まあ、お義父様」

 専務と社長夫人が、我に返ったような声を出す。

 会長がニコニコと笑顔を振りまきながら、付き人さんを携えてゆっくりとこちらへ向かって来るのが見えた。
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