強引上司の恋の手ほどき
「ごめんなさいね。深沢課長のこと菅原さんには関係ない話よね。たとえ課長が誰と付きあおうと、セックスしようと」

最後にトドメとばかりに追い打ちをかけられた私は、美月さんに会計が終わったことを一言告げると、少し気分が悪いので先に帰ると告げた。

本当は少しどころじゃない。怒りと辛さで奥歯をぐっと噛み締めてなんとか泣かないように耐えていた。

早足で駅まで歩く。冷たい風が頬をかすめ、ストールで顔を隠す。そうすれば泣きそうになっているこの悲惨な顔を誰にも見られないで済む。

最寄りの駅で改札を抜けたところでパスケースを落としてしまう。そして運悪くそれを自らの足が蹴った。シュルシュルと回転しながら遠くまで飛ばされる。

ふんだり蹴ったりってこういうことだろうな。

パスケースを拾い上げようと屈んだときに、ついに私の瞳から涙がこぼれた。一度溢れだした涙は止まることなく流れ続ける。

ストールで顔を覆って、自分を外の世界から隠してしまいたかった。

始まってもいない一方通行の恋なのに、こんなに苦しいなんて。

中村くんのときに感じていた、感情とはぜんぜん違う。

これが好きなるってことだ。

そして、こんなに苦しいのに諦められないのが恋だということも同時に知った。

駅でうずくまって泣くなんて、迷惑なことだってわかっている。

けれど私の思いとはうらはらに、涙は一向にとまってくれそうになかった。
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