強引上司の恋の手ほどき
「…やめて下さい」

「え?」

ちゃんと声を出したつもりだったのに、緊張でかすれてしまっていたみたいだ。

「そんな話するのやめてください!」

今度は焦って声が大きくなってしまった。一瞬会場が静かになり、視線が集まる。

どうしよう……。

「す、すみません。大きな声だし……」

「なになに? もう酔ったのか?」

私の声にかぶせるように静寂をやぶったのは、課長の声だった。

「こいつさー! 酔ったら声がでかくなんの。おもしろいだろ?」

課長の問いかけるような口調に、固まっていた周りの人たちも「そうなんだ」とか「へぇ」とか口にしてざわつき始めた。あっという間に変な雰囲気はとりのぞかれたけれど、私は恥ずかしさのあまり頭をあげられないでいた。

そんな私の耳元で、課長が「帰るぞ」と一言言って、支店長へと挨拶に向かった。

「すみません。そろそろ帰ります。美味しい牛タンごちそう様でした」

「もう帰るのか? もうちょっと」

「次は、支店長が本社に来た時に飲みましょう。では、失礼します」

課長が私の手を引っ張った。
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