強引上司の恋の手ほどき
会社の最寄り駅から電車で三十分、そこから徒歩八分に私の住むマンションがある。築三年の1DK。決して広くはないけれど私にとっては大事なお城だ。
もっと広い部屋の候補もあったのだけれど、駅から近いことと、オートロックと防犯カメラがついていることがひとり暮らしの絶対条件だったので、ここ以外の候補はほとんどなかったと言ってもいい。
今日もお気に入りのスーパーに立ち寄って、明日の朝食べるパンとそれに美味しそうなグレープフルーツを買って、部屋へと戻った。
「ただいま〜」
誰もいないとわかっているけれど、声をかけて部屋に入る。ふたりがけのダイニングテーブルの上に買ってきたものを乗せると、先にシャワーを浴び完全にオフモードに切り替えた。
お風呂から上がってちょうどミネラルウォーターを飲んでいるときにバッグの中でスマホの着信音が鳴り響いた。ディスプレイを確認するとそこには、母親の名前があった。
「あっ、お母さん!」
さっき変な切り方したからもう一回かけてきたんだ。
ちょっと憂鬱な気分になりながら、通話ボタンをタッチした。
『千波、お母さんだけど』
いつもの甲高い声が聞こえてきくる。
「あ、さっきはごめんね。ちょっと色々あって」
『色々って大丈夫なの? もうちゃんと部屋についてる?』
「大丈夫だよ。今お風呂に入ったところ」
心配しすぎと思うが、母親の気持ちを思うと無下にもできない。
『そうそう、さっき言いそびれたの。昨日そっちにお米を送ったからちゃんと受け取ってね。ご飯くらいなら炊けるでしょ?』
「大丈夫。JETの最新式の炊飯器だから私でも美味しく炊けるよ」
『そう、だったら安心だわ。こんなことなら小さな頃からちゃんとお料理教えておくんだった』