ウソ夫婦

なんだか涙が出てきた。翠はそっぽ向いたまま、眼をこする。

ほっとしたのと、意地悪をされたのと、変態の衝撃と、その他もろもろ。どっとこみあげてきて、涙が止まらない。

すると颯太がそっと翠を抱き寄せた。
「俺が悪かった。悪ノリしたな」

翠は首を振る。泣きすぎて、声は出せない。しゃくりあげる肩を抱いて、颯太は翠の頭に頬を寄せた。

「お前が嫉妬するのか、知りたかったんだ」

なんでやねん。

翠は心の中で突っ込んだが、相変わらず声はでない。眉間に眉を寄せて、颯太を見上げた。

「しっ、しっとなんか、……して……ませんっ」
翠は嗚咽を繰り返しながら、意地を張る。

颯太は優しく笑って、翠の頬を流れる涙を手で拭った。

「俺たち、ウソの夫婦だもんな」
そう言った。

颯太の腕の中で文句が口から溢れてくる。

「だいたい、こんなバカみたいな芝居なんかしないで、普通に断ればいいだけの話なのに」
「それだと、また誘われて困るだろ? これで、もう向こうは二度と俺たちに声かけない」
「でもっでもっ、変態に変態って言われた……」
「誰になんと思われても、いいじゃないか。お前はお前。俺が一番よく知ってる」

なんの根拠もない言葉だけれど、なぜか翠は安堵する。

そっか。
記憶を失っても、私は私。

そして、この人は、それを知ってるんだ。

翠は颯太の背中に腕を回し、ほっと力を抜いた。

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